説苑 / 權謀
衛靈公襜被以與婦人遊,子貢見公。公曰:「衛其亡乎?」對曰:「昔者夏桀,殷紂不任其過故亡;成湯、文武知任其過故興,衛奚其亡也?」
新字:衛霊公襜被以与婦人遊,子貢見公。公曰:「衛其亡乎?」対曰:「昔者夏桀,殷紂不任其過故亡;成湯、文武知任其過故興,衛奚其亡也?」
書き下し
衛の靈公襜被して以て婦人と遊ぶ。子貢公に見ゆ。公曰く、「衛其れ亡びんか」と。對へて曰く、「昔者夏の桀、殷の紂は其の過を任ぜざる故に亡ぶ。成湯・文武は其の過を任ずるを知る故に興る。衛奚ぞ其れ亡びんや」と。
現代語訳
衛の霊公が派手な衣装をまとって婦人と戯れ遊んでいた。子貢が霊公に拝謁した。霊公は「衛はやがて滅びるだろうか」と自ら問いかけた。子貢は答えた。「昔、夏の桀王や殷の紂王は自分の過ちを認めなかったために滅びました。一方、殷の湯王や周の文王・武王は自分の過ちを認めることを知っていたために興隆しました。衛はどうして滅びましょうか(自らの過ちに気づいておられるのなら、滅びることはありますまい)」と。
解説
霊公は自ら「衛は滅びるだろうか」と口にした時点で、無意識のうちに自分の放蕩を後ろめたく感じている。子貢はその自問に直接答えず、桀紂と湯王・文武の対比という一般論を提示することで、「あなたが今この問いを発したこと自体が、過ちに気づける器の証だ」と暗に評価しつつ、同時に「気づいたのならば、それを認め改めよ」という婉曲な諫言を行っている。直接的な非難ではなく、歴史の教訓を鏡として差し出すことで本人に気づかせるこの話法は、上位者を諫める際の高度な技術である。図星を突かれた耳の痛い忠告よりも、自ら気づかせる仕掛けの方が、相手の面子を保ちながら行動変容を促せることをこの逸話は示している。
この章句が説くこと
婉曲な諫言過ちを認める力自問の兆し