戦国策 / 齊王將見燕趙楚之相於衛
齊王將見燕、趙、楚之相於衛,約外魏。魏王懼,恐其謀伐魏也,告公孫衍。公孫衍曰:「王與臣百金,臣請敗之。」王為約車,載百金。犀首期齊王至之曰,先以車五十乘至衛間齊,行以百金,以請先見齊王,乃得見。因久坐安,從容談三國之相怨。謂齊王曰:「王與三國約外魏,魏使公孫衍來,今久與之談,是王謀三國也也。齊王曰:「魏王聞寡人來,使公孫子勞寡人,寡人無與之語也。」三國之不相信齊王之遇,遇事遂敗。
新字:斉王将見燕、趙、楚之相於衛,約外魏。魏王懼,恐其謀伐魏也,告公孫衍。公孫衍曰:「王与臣百金,臣請敗之。」王為約車,載百金。犀首期斉王至之曰,先以車五十乗至衛間斉,行以百金,以請先見斉王,乃得見。因久坐安,従容談三国之相怨。謂斉王曰:「王与三国約外魏,魏使公孫衍来,今久与之談,是王謀三国也也。斉王曰:「魏王聞寡人来,使公孫子労寡人,寡人無与之語也。」三国之不相信斉王之遇,遇事遂敗。
書き下し
斉王将に燕・趙・楚の相と衛に見えんとし、魏を外にするを約す。魏王懼れ、其の魏を伐つを謀るを恐れ、公孫衍に告ぐ。公孫衍曰わく、「王臣に百金を与えよ、臣請う之を敗らん。」王車を約する為に、百金を載す。犀首斉王の至るを期する日、先ず車五十乗を以て衛に至りて斉に間(まじ)わり、行くに百金を以てし、以て先に斉王に見えんことを請い、乃ち見ゆるを得たり。因りて久しく坐して安んじ、従容として三国の相い怨むを談ず。斉王に謂いて曰わく、「王三国と約して魏を外にす、魏公孫衍をして来たらしむ、今久しく之と談ずるは、是れ王三国を謀るなり。」斉王曰わく、「魏王寡人の来たるを聞き、公孫子をして寡人を労せしむ、寡人之と語ること無きなり。」三国相信ぜず、斉王の遇、遇事遂に敗る。
現代語訳
斉王は衛の地で燕・趙・楚の宰相たちと会見しようとしており、その盟約は魏を除け者にするものであった。魏王はこれを恐れ、諸国が魏討伐を謀っているのではないかと懸念し、公孫衍にこのことを告げた。公孫衍は言った。「王は私に黄金百斤をお与えください。私がこの企てを崩してごらんに入れましょう。」王は車を用意させ、黄金百斤を積ませた。犀首(公孫衍)は斉王の到着に合わせ、まず自ら車五十台を率いて衛に先着し、斉の一行に紛れ込み、道中で黄金百斤を用いて先に斉王に謁見することを願い出て、ついに面会を果たした。そして長く座り込んで落ち着いた様子を見せながら、従容として三国が互いに抱いている怨みについて語り出した。犀首は斉王にこう言った。「王が三国と盟約を結んで魏を除け者にしようとしていることは存じております。魏が私、公孫衍をここに遣わし、今こうして長々とお話ししているということ自体、王が三国を出し抜こうとしている証にほかなりません。」斉王は後にこう弁明して言った。「魏王が私の来訪を聞きつけ、公孫衍にこの私をねぎらわせただけのことで、私は彼と特に語り合ったわけではない。」こうして三国は互いに信じ合えなくなり、斉王への信頼も揺らぎ、この会見の企ては結局失敗に終わった。
解説
この章句が説くこと
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戦国策・犀首以梁為齊戰於承匡而不勝犀首、梁を以て齊の爲に承匡に戰ひて勝たず。張儀、梁王に「臣の言を用ゐずして以て國を危うくす」と謂ふ。梁王因りて儀を相とす、儀、秦・梁を以て齊の合從に橫して親しむ。犀首敗らんと欲し、衛君に謂ひて曰く、「衍(えん)、儀に怨有るに非ざるなり、國の爲にする所以の同じからざるに値(あた)るのみ。君必ず衍の爲に解け。」衛君儀に告ぐる爲にす、儀許諾し、因りて之と衛君の前に參坐す。犀首跪行し、儀の爲に千秋の祝を爲す。明日張子行き、犀首之を送りて齊の疆に至る。齊王之を聞き、儀を怒りて曰く、「衍や吾が讎なり、而して儀之と俱にす、是れ必ず衍と吾が國を鬻がん。」遂に聽かず。
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戦国策・魏王將相張儀魏王将に張儀を相たらしめんとす、犀首利あらずとし、故に人をして韓の公叔に謂わしめて曰わく、「張儀秦・魏を合するを以てせり。其の言に曰わく、『魏南陽を攻め、秦三川を攻めば、韓氏必ず亡びん』と。且つ魏王の張子を貴ぶ所以は、埊を得んと欲すればなり、則ち韓の南陽挙がらん。子盍(なん)ぞ少しく委ねざる、以て衍の功と為さば、則ち秦・魏の交わり廃すべし。此くの如くんば、則ち魏必ず秦を図りて儀を棄て、韓を収めて衍を相とせん。」公叔以て信と為し、因りて之を委ね、犀首以て功と為し、果たして魏に相たり。
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戦国策・陳軫為秦使於齊陳軫、秦の為に斉に使いす、魏を過ぎ、犀首に見えんことを求む。犀首陳軫を謝す。陳軫曰わく、「軫の来たる所以は、事なり。公軫に見えずんば、軫且に行かんとす、異日を待つを得ざらん。」犀首乃ち之に見ゆ。陳軫曰わく、「公事を悪(にく)むか。何為(なんす)れぞ飲食して事無き。事無くば必ず来たらん。」犀首曰わく、「衍不肖にして、事を得る能わず、何ぞ敢えて事を悪まんや。」陳軫曰わく、「請う天下の事を公に移さん。」犀首曰わく、「奈何せん。」陳軫曰わく、「魏王李従をして車百乗を以て楚に使いせしむ、公以て其の中に居りて之を疑わしむべし。公魏王に謂いて曰わく、『臣燕・趙と故(ふる)し、数(しばしば)人をして臣を召さしめ、事無くば必ず来たれと曰う。今臣事無し、請う謁して往かん。久しきこと無く、旬・五の期ならん。』王必ず辞して以て公を止むる無からん。公行くを得なば、因りて自ら廷に言いて曰わく、『臣急ぎ燕・趙に使いす、急ぎ車を約して行具と為す』と。」犀首曰わく、「諾。」魏王に謁す、王之を許し、即ち明らかに燕・趙に使いすと言う。諸侯の客之を聞き、皆人をして其の王に告げしめて曰わく、「李従車百乗を以て楚に使いし、犀首又車三十乗を以て燕・趙に使いす」と。斉王之を聞き、天下に後れて魏を得んことを恐れ、事を以て犀首に属す、犀首斉の事を受く。魏王其の行使を止む。燕・趙之を聞き、亦事を以て犀首に属す。楚王之を聞き、曰わく、「李従寡人に約せしに、今燕・斉・趙皆事を以て犀首に因る、犀首必ず寡人を欲せん、寡人之を欲す。」乃ち李従に倍(そむ)きて、事を以て犀首に因る。魏王曰わく、「犀首を使わさざりし所以は、以て不可と為せばなり。四国をして事を以て属せしむれば、寡人も亦事を以て之に因らん。」犀首遂に天下の事を主(つかさど)り、復た魏に相たり。
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