説苑 / 權謀
晉文公與荊人戰於城濮,君問於咎犯。咎犯對曰:「服義之君,不足於信;服戰之君,不足於詐,詐之而已矣。」君問於雍季,雍季對曰:「焚林而田,得獸雖多,而明年無復也;乾澤而漁,得魚雖多,而明年無復也。詐猶可以偷利,而後無報。」遂與荊軍戰,大敗之。及賞,先雍季而後咎犯。侍者曰:「城濮之戰,咎犯之謀也!」君曰:「雍季之言,百世之謀也;咎犯之言,一時之權也,寡人既行之矣。」
新字:晉文公与荊人戦於城濮,君問於咎犯。咎犯対曰:「服義之君,不足於信;服戦之君,不足於詐,詐之而已矣。」君問於雍季,雍季対曰:「焚林而田,得獣雖多,而明年無復也;乾沢而漁,得魚雖多,而明年無復也。詐猶可以偷利,而後無報。」遂与荊軍戦,大敗之。及賞,先雍季而後咎犯。侍者曰:「城濮之戦,咎犯之謀也!」君曰:「雍季之言,百世之謀也;咎犯之言,一時之権也,寡人既行之矣。」
書き下し
晉の文公荊人と城濮に戰ふ。君咎犯に問ふ。咎犯對へて曰く、「義に服する君は、信に足らず。戰に服する君は、詐に足らず。之を詐かんのみ」と。君雍季に問ふ。雍季對へて曰く、「林を焚きて田すれば、獸を得ること多しと雖も、明年復すること無し。澤を乾して漁すれば、魚を得ること多しと雖も、明年復すること無し。詐は猶ほ以て偷利すべきも、而して後報無し」と。遂に荊軍と戰ひ、大いに之に勝つ。賞に及びて、雍季を先にして咎犯を後にす。侍者曰く、「城濮の戰は咎犯の謀なり」と。君曰く、「雍季の言は百世の謀なり。咎犯の言は一時の權なり。寡人既に之を行へり」と。
現代語訳
晋の文公が楚の軍と城濮で戦うことになった。文公は咎犯に策を問うた。咎犯は「礼義に服する君主は信義だけでは十分ではなく、戦に服する君主(戦場の勝敗)には詐術こそが十分に効く。相手を欺くしかありません」と答えた。文公は雍季にも問うた。雍季は「林を焼き払って狩りをすれば、獣は多く得られても翌年には再び得られない。沢の水を涸らして魚を捕れば、魚は多く得られても翌年には再び得られない。詐術は一時の利益をかすめ取ることはできても、その後の報いは得られない」と答えた。結局、晋は楚軍と戦い、大いにこれに勝利した。恩賞を与える段になって、文公は雍季を先に、咎犯を後に賞した。側近が「城濮の戦いに勝てたのは咎犯の策略のおかげでした」と言うと、文公は「雍季の言葉は百代にわたる謀であり、咎犯の言葉は一時の権謀に過ぎない。私はすでにその両方を実行に移したのだ」と言った。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・義賞②昔晉の文公將に楚人と城濮に戰わんとして、咎犯を召して問いて曰く、「楚は衆く、我は寡し。奈何にして可ならん。」咎犯對えて曰く、「臣聞く、繁禮の君は、文に足かず、繁戰の君は、詐に足かず、と。君も亦た之を詐らんのみ。」文公、咎犯の言を以て雍季に告ぐ。雍季曰く、「澤を竭くして漁せば、豈に獲得せざらんや。而れども明年魚無からん。藪を焚きて田せば、豈に獲得せざらんや。而れども明年獸無からん。詐偽の道は、今偷く可なりと雖も、後將に復びすること無からん。長術に非ざるなり。」文公、咎犯の言を用いて、楚人を城濮に敗る。反りて賞を為す。雍季上に在り。左右諫めて曰く、「城濮の功は、咎犯の謀なり。君、其の言を用い、而して賞すること其の身を後にす。或いは不可ならんか。」文公曰く、「雍季の言は、百世の利なり。咎犯の言は、一時の務なり。焉くんぞ一時の務を以て百世の利に先んずる者有らんや。」孔子之を聞きて曰く、「難に臨んで詐を用う、以て敵を卻くるに足る。反りて賢を尊ぶ、以て徳に報ゆるに足る。文公終始せずと雖も、以て霸たるに足る。」賞重ければ則ち民之に移る。民之に移れば則ち成る。詐に成れば、其の成ること毀れ、其の勝つこと敗る。天下に勝つ者衆し、而れども霸者は乃かに五、文公其の一に處る、勝つことの成る所を知ればなり。勝てども勝つことの成る所を知らざれば、勝つこと無きと同じなり。秦は戎に勝ちて殽に敗れ、楚は諸夏に勝ちて柏舉に敗る。武王は之を得たり。故に一たび勝ちて天下に王たり。衆詐國に盈つれば、以て安しと為す可からず。患いは獨り外のみに非ざるなり。
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『淮南子』人間訓何を以て之を明らかにせん。昔 晉の文公 將に楚と城濮に戰わんとし、咎犯に問いて曰く「奈何と爲さん」と。咎犯曰く「仁義の事は、君子 忠信を厭わず。戰陳の事は、詐偽を厭わず。君 其れ之を詐かんのみ」と。咎犯を辭して、雍季に問う。雍季 對えて曰く「林を焚きて獵すれば、愈々多く獸を得るも、後 必ず獸無し。詐偽を以て人に遇わば、愈々利ありと雖も、後 復たすること無し。君 其れ之を正しくせんのみ」と。是に於いて雍季の計を聽かずして、咎犯の謀を用い、楚人と戰いて、大いに之を破る。還り歸りて功有る者を賞するに、雍季を先にして咎犯を後にす。左右曰く「城濮の戰いは、咎犯の謀なり。君 賞を行うに雍季を先にするは、何ぞや」と。文公曰く「咎犯の言は、一時の權なり。雍季の言は、萬世の利なり。吾 豈に一時の權を先にして、萬世の利を後にす可けんや」と。
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説苑・權謀城濮の戰、文公咎犯に謂ひて曰く、「吾戰を卜するに龜熸ゆ。我歲を迎へ、彼歲を背く。彗星見れ、彼其の柄を操り、我其の標を操る。吾又た荊王と搏つを夢む。彼上に在り、我下に在り。吾戰無からんと欲す。子以て何如と爲す」と。咎犯對へて曰く、「戰を卜すること十たびして龜熸ゆるは、是れ荊人なり。我歲を迎へ、彼歲を背くは、彼我を去りて之に從ふなり。彗星見れて、彼其の柄を操り、我其の標を操るは、以て掃へば則ち彼利あり、以て擊てば則ち我利あるなり。君荊王と搏つを夢み、彼上に在り君下に在るは、則ち君天を見て荊王其の罪に伏するなり。且つ吾宋・衛を以て主と爲し、齊・秦我を輔く。我天道に合し、獨り人事を以てするも固より將に之に勝たんとす」と。文公之に從ひ、荊人大いに敗る。
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『韓非子』難一第三十六夫れ舅犯の言は、一時の權なり。雍季の言は、萬世の利なり。
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『淮南子』人間訓夫れ咎犯 戰いて城濮に勝ち、雍季に尺寸の功無し。然れども雍季 先に賞せられて咎犯 後に存せらるるは、其の言に貴ぶ者有ればなり。故に義なる者は、天下の賞する所なり。百言 百當するも、趨を擇びて行いを審らかにするに如かず。或いは功無くして先に舉げられ、或いは功有りて後に賞せらる。
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呂氏春秋・不苟⑤晉の文公將に鄴を伐たんとす。趙衰、鄴に勝つ所以の術を言う。文公之を用う。果して勝つ。還り、將に賞を行わんとす。衰曰く、「君將に其の本を賞せんとするか、其の末を賞せんとするか。其の末を賞せば、則ち騎乘の存し、其の本を賞せば、則ち臣、之を郤子虎に聞けり。」文公、郤子虎を召して曰く、「衰、鄴に勝つ所以を言う。鄴既に勝つ。將に之を賞せんとするや、曰く、『蓋し之を子虎に聞けり。請う子虎を賞せよ。』」子虎曰く、「之を言うは易く、之を行うは難し。臣は之を言う者なり。」公曰く、「子、辭すること無かれ。」郤子虎、敢て固辭せず。乃ち受く。凡そ賞を行うは其の博きを欲す。博ければ則ち助多し。今、虎は親しく言う者に非ず、而も賞猶ほ之に及べり。此れ疏遠の者の能を盡くし智を竭くす所以の者なり。晉の文公の亡すること久しく、歸りて大亂の餘に因り、猶ほ能く以て霸たりしは、其れ此に由るか。