呂氏春秋 / 義賞②
昔晉文公將與楚人戰於城濮,召咎犯而問曰:“楚眾我寡,奈何而可?”咎犯對曰:“臣聞繁禮之君,不足於文;繁戰之君,不足於詐。君亦詐之而已。”文公以咎犯言告雍季,雍季曰:“竭澤而漁,豈不獲得?而明年無魚。焚藪而田,豈不獲得?而明年無獸。詐偽之道,雖今偷可,後將無復,非長術也。”文公用咎犯之言,而敗楚人於城濮。反而為賞,雍季在上。左右諫曰:“城濮之功,咎犯之謀也。君用其言而賞後其身,或者不可乎!”文公曰:“雍季之言,百世之利也。咎犯之言,一時之務也。焉有以一時之務先百世之利者乎?”孔子聞之曰:“臨難用詐,足以卻敵。反而尊賢,足以報德。文公雖不終始,足以霸矣。”賞重則民移之,民移之則成焉。成乎詐,其成毀,其勝敗。天下勝者眾矣,而霸者乃五,文公處其一,知勝之所成也。勝而不知勝之所成,與無勝同。秦勝於戎而敗乎殽,楚勝於諸夏而敗乎柏舉。武王得之矣,故一勝而王天下。眾詐盈國,不可以為安,患非獨外也。
新字:昔晉文公将与楚人戦於城濮,召咎犯而問曰:“楚眾我寡,奈何而可?”咎犯対曰:“臣聞繁礼之君,不足於文;繁戦之君,不足於詐。君亦詐之而已。”文公以咎犯言告雍季,雍季曰:“竭沢而漁,豈不獲得?而明年無魚。焚藪而田,豈不獲得?而明年無獣。詐偽之道,雖今偷可,後将無復,非長術也。”文公用咎犯之言,而敗楚人於城濮。反而為賞,雍季在上。左右諫曰:“城濮之功,咎犯之謀也。君用其言而賞後其身,或者不可乎!”文公曰:“雍季之言,百世之利也。咎犯之言,一時之務也。焉有以一時之務先百世之利者乎?”孔子聞之曰:“臨難用詐,足以卻敵。反而尊賢,足以報徳。文公雖不終始,足以覇矣。”賞重則民移之,民移之則成焉。成乎詐,其成毀,其勝敗。天下勝者眾矣,而覇者乃五,文公処其一,知勝之所成也。勝而不知勝之所成,与無勝同。秦勝於戎而敗乎殽,楚勝於諸夏而敗乎柏舉。武王得之矣,故一勝而王天下。眾詐盈国,不可以為安,患非独外也。
書き下し
昔晉の文公將に楚人と城濮に戰わんとして、咎犯を召して問いて曰く、「楚は衆く、我は寡し。奈何にして可ならん。」咎犯對えて曰く、「臣聞く、繁禮の君は、文に足かず、繁戰の君は、詐に足かず、と。君も亦た之を詐らんのみ。」文公、咎犯の言を以て雍季に告ぐ。雍季曰く、「澤を竭くして漁せば、豈に獲得せざらんや。而れども明年魚無からん。藪を焚きて田せば、豈に獲得せざらんや。而れども明年獸無からん。詐偽の道は、今偷く可なりと雖も、後將に復びすること無からん。長術に非ざるなり。」文公、咎犯の言を用いて、楚人を城濮に敗る。反りて賞を為す。雍季上に在り。左右諫めて曰く、「城濮の功は、咎犯の謀なり。君、其の言を用い、而して賞すること其の身を後にす。或いは不可ならんか。」文公曰く、「雍季の言は、百世の利なり。咎犯の言は、一時の務なり。焉くんぞ一時の務を以て百世の利に先んずる者有らんや。」孔子之を聞きて曰く、「難に臨んで詐を用う、以て敵を卻くるに足る。反りて賢を尊ぶ、以て徳に報ゆるに足る。文公終始せずと雖も、以て霸たるに足る。」賞重ければ則ち民之に移る。民之に移れば則ち成る。詐に成れば、其の成ること毀れ、其の勝つこと敗る。天下に勝つ者衆し、而れども霸者は乃かに五、文公其の一に處る、勝つことの成る所を知ればなり。勝てども勝つことの成る所を知らざれば、勝つこと無きと同じなり。秦は戎に勝ちて殽に敗れ、楚は諸夏に勝ちて柏舉に敗る。武王は之を得たり。故に一たび勝ちて天下に王たり。衆詐國に盈つれば、以て安しと為す可からず。患いは獨り外のみに非ざるなり。
現代語訳
昔、晋の文公が楚と城濮で戦おうとして、舅犯を呼んで尋ねた。「楚は多勢、我は少勢だ。どうすればよいか。」舅犯は答えた。「礼を重んじる君は装いに飽くことがなく、戦を重んじる君は偽計に飽くことがない、と聞きます。君もただ敵を欺けばよいのです。」文公は舅犯の言を雍季に伝えた。雍季は言った。「沼を干して漁れば魚は取れましょうが、翌年は魚がいなくなります。藪を焼いて狩れば獣は取れましょうが、翌年は獣がいなくなります。偽計の道は今しばらくは通じても、後には二度と使えません。長続きする方法ではありません。」文公は舅犯の言を用いて楚を城濮で破った。帰って賞を与えるとき、雍季を上位に置いた。側近が諌めて「城濮の功は舅犯の謀です。その言を用いながら賞では後にするのは、不当ではありませんか」と言うと、文公は言った。「雍季の言は百世の利、舅犯の言は一時の務め。どうして一時の務めを百世の利に優先させられよう。」孔子はこれを聞いて言った。「危難に臨んで偽計を用いて敵を退けるに足り、事後に賢者を尊んで徳に報いるに足る。文公は終始一貫でなくとも、覇者となるに足る。」賞が重ければ民はそちらへ動き、動けば成る。偽りで成れば、その成果は崩れ勝利も敗れる。天下に勝つ者は多いが覇者はわずか五人、文公はその一人で、勝利が何によって成るかを知っていたからだ。勝っても勝利が何によって成るかを知らなければ、勝たないのと同じだ。秦は戎に勝って殽で敗れ、楚は諸夏に勝って柏挙で敗れた。武王はそれを心得ていたので、一度勝って天下に王となった。偽りが国に満ちれば安泰とはできない。禍は外だけにあるのではない。
解説
この章句が説くこと
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呂氏春秋・當賞①民無道知天,民以四時寒暑日月星辰之行知天。四時寒暑日月星辰之行當,則諸生有血氣之類皆為得其處而安其產。人臣亦無道知主,人臣以賞罰爵祿之所加知主。主之賞罰爵祿之所加者宜,則親疏遠近賢不肖皆盡其力而以為用矣。
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呂氏春秋・義賞①春氣至則草木產,秋氣至則草木落,產與落或使之,非自然也。故使之者至,物無不為;使之者不至,物無可為。古之人審其所以使,故物莫不為用。賞罰之柄,此上之所以使也。其所以加者義,則忠信親愛之道彰。久彰而愈長,民之安之若性,此之謂教成。教成則雖有厚賞嚴威弗能禁。故善教者,不以賞罰而教成,教成而賞罰弗能禁。用賞罰不當亦然。姦偽賊亂貪戾之道興,久興而不息,民之讎之若性,戎、夷、胡、貉、巴、越之民是以,雖有厚賞嚴罰弗能禁。郢人之以兩版垣也,吳起變之而見惡,賞罰易而民安樂;氐羌之民,其虜也,不憂其係纍,而憂其死不焚也;皆成乎邪也。故賞罰之所加,不可不慎。且成而賊民。
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『韓非子』二柄第七明主之所導制其臣者,二柄而已矣。二柄者,刑德也。
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呂氏春秋・用民④當禹之時,天下萬國,至於湯而三千餘國,今無存者矣,皆不能用其民也。民之不用,賞罰不充也。湯、武因夏、商之民也,得所以用之也。管、商亦因齊、秦之民也,得所以用之也。民之用也有故,得其故,民無所不用。用民有紀有綱,壹引其紀,萬目皆起,壹引其綱,萬目皆張。為民紀綱者何也?欲也惡也。何欲何惡?欲榮利,惡辱害。辱害所以為罰充也,榮利所以為賞實也。賞罰皆有充實,則民無不用矣。
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呂氏春秋・髙義①──君子之自行也,動必緣義,行必誠義,俗雖謂之窮,通也;行不誠義,動不緣義,俗雖謂之通,窮也;然則君子之窮通,有異乎俗者也。故當功以受賞,當罪以受罰。賞不當,雖與之必辭;罰誠當,雖赦之不外。度之於國必利,長久長久之於主必宜,內反於心不慚然後動。