韓非子 / 難一第三十六
夫舅犯言,一時之權也;雍季言,萬世之利也。」
新字:夫舅犯言,一時之権也;雍季言,万世之利也。」
書き下し
夫れ舅犯の言は、一時の権なり。雍季の言は、万世の利なり」と。
現代語訳
舅犯の言葉は一時の方便であり、雍季の言葉は万世にわたる利なのだ」。
解説
晋の文公が、城濮の戦いで勝利をもたらした舅犯より、詐りを戒めた雍季を先に賞した理由を語る言葉です。舅犯の策はその場限りの方便にすぎず、雍季の言葉は後々まで国を利する原則だというのです。この言葉は『呂氏春秋』義賞篇などにも見え、長期的な信義を重んじた名君の判断として広く伝えられてきました。続く単位では孔子がこれを称えて「文公の霸たるや宜なるかな」と言いますが、韓非は「或曰」でこれを徹底的に批判し、雍季の答えは問いに答えておらず、賞は功に対して与えるべきだと論じます。美談として受け入れられている判断にも、別の角度から疑問を向けられるかどうかが問われる箇所です。長期の原則と目先の成果の関係を考える入口になる言葉です。
この章句が説くこと
権謀短期戦略信義長期戦略論功ビジョン
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