淮南子 / 人間訓
夫咎犯戰勝城濮,而雍季無尺寸之功,然而雍季先賞而咎犯後存者,其言有貴者也。故義者,天下之所賞也。百言百當,不如擇趨而審行也。或無功而先舉,或有功而後賞。
新字:夫咎犯戦勝城濮,而雍季無尺寸之功,然而雍季先賞而咎犯後存者,其言有貴者也。故義者,天下之所賞也。百言百当,不如択趨而審行也。或無功而先舉,或有功而後賞。
書き下し
夫れ咎犯 戰いて城濮に勝ち、雍季に尺寸の功無し。然れども雍季 先に賞せられて咎犯 後に存せらるるは、其の言に貴ぶ者有ればなり。故に義なる者は、天下の賞する所なり。百言 百當するも、趨を擇びて行いを審らかにするに如かず。或いは功無くして先に舉げられ、或いは功有りて後に賞せらる。
現代語訳
咎犯は戦って城濮に勝ち、雍季には少しの功もなかった。それでも雍季が先に賞せられ、咎犯が後になったのは、その言葉に貴ぶべきものがあったからである。だから義とは、天下が賞するものである。百の言葉が百とも当たるより、進む道を選んで行いを正すほうがよい。功がないのに先に取り立てられる者があり、功があるのに後で賞せられる者がある。
解説
「百言 百當するも、趨を擇びて行いを審らかにするに如かず」。言うことが全部当たる人より、進む方向を選んで行いを正す人のほうがよい、と言い切ります。この後に置かれる城濮の一件の見出しにあたる段です。当てることと、選ぶこと。前章の括子と無害子から続く同じ主題が、今度は文公の論功行賞で語られます。
この章句が説くこと
咎犯戦いて城濮に勝ち雍季に尺寸の功無し雍季先に賞せられて咎犯後に存せらるるは其の言に貴ぶ者有ればなり故に義なる者は天下の賞する所なり百言百当するも趨を択びて行いを審らかにするに如かず或いは功無くして先に舉げられ或いは功有りて後に賞せらる義
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