説苑 / 權謀
越破吳,請師於楚以伐晉。楚王與大夫皆懼,將許之。左史倚相曰:「此恐吾攻己,故示我不病。請為長轂千乘,卒三萬,與分吳地也。」莊王聽之,遂取東國。
新字:越破吳,請師於楚以伐晉。楚王与大夫皆懼,将許之。左史倚相曰:「此恐吾攻己,故示我不病。請為長轂千乗,卒三万,与分吳地也。」荘王聴之,遂取東国。
書き下し
越吳を破り、師を楚に請ひて以て晉を伐たんとす。楚王と大夫と皆懼れ、將に之を許さんとす。左史倚相曰く、「此れ吾が己を攻むるを恐れて、故に我に病あらざるを示すなり。請ふ長轂千乘、卒三萬を爲し、與に吳の地を分たん」と。莊王之を聽き、遂に東國を取る。
現代語訳
越が呉を打ち破り、楚に援軍を求めて晋を討とうとした。楚王と大夫たちはみな恐れをなし、これを許そうとした。左史の倚相は言った。「これは越が我らに攻められることを恐れて、あえて我らに弱っていない様子を見せつけているだけです。それならば、こちらから戦車千台、兵卒三万を用意すると申し出て、呉の領地を共に分けようと提案しましょう」と。荘王がこの案を採用した結果、楚はついに東国の領地を手に入れた。
解説
倚相は、越が援軍を求めてきたという表面的な事実の裏に、実は自国を攻められることを恐れて虚勢を張っているという心理を見抜く。恐怖から発せられた要請には、相手が思っている以上にこちらが強気に踏み込む余地があるという洞察であり、単に要請に応じるか拒むかの二択ではなく、逆に大規模な協力を提案して利益の分配に持ち込むという第三の道を示している。相手の申し出の裏にある真の動機(恐怖なのか自信なのか)を読み解ければ、受け身の対応から一歩踏み込んで、自らに有利な条件を引き出せるという、交渉における読みの深さを教える逸話である。
この章句が説くこと
虚勢の見抜き交渉の主導権恐怖の裏側
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