説苑 / 權謀
韓昭侯造作高門。屈宜咎曰:「昭侯不出此門。」曰:「何也?」曰:「不時。吾所謂不時者,非時日也。人固有利不利,昭侯嘗利矣,不作高門。往年秦拔宜陽,明年大旱民飢,不以此時恤民之急也,而顧反益奢,此所謂福不重至,禍必重來者也!」高門成,昭侯卒。竟不出此門。
新字:韓昭侯造作高門。屈宜咎曰:「昭侯不出此門。」曰:「何也?」曰:「不時。吾所謂不時者,非時日也。人固有利不利,昭侯嘗利矣,不作高門。往年秦抜宜陽,明年大旱民飢,不以此時恤民之急也,而顧反益奢,此所謂福不重至,禍必重来者也!」高門成,昭侯卒。竟不出此門。
書き下し
韓の昭侯高門を造作す。屈宜咎曰く、「昭侯此の門を出でざらん」と。曰く、「何ぞや」と。曰く、「時ならず。吾が謂ふ所の時ならずとは、時日に非ざるなり。人固より利不利有り。昭侯嘗て利ありし時、高門を作らず。往年秦宜陽を拔き、明年大いに旱して民飢う。此の時を以て民の急を恤まずして、顧りて反りて益ゝ奢る。此れ謂ふ所の福重ねて至らず、禍必ず重ねて來る者なり」と。高門成りて、昭侯卒す。竟に此の門を出でず。
現代語訳
韓の昭侯が立派な高い門を造ろうとした。屈宜咎は「昭侯はこの門から出ることはないだろう」と言った。「なぜか」と問われると、屈宜咎は答えた。「時機が悪い。私の言う時機が悪いというのは、暦の吉凶のことではない。人には元来、運が向く時と向かない時がある。昭侯はかつて運が向いていたときには、高い門など造らなかった。ところが先年秦に宜陽を攻め落とされ、翌年には大旱魃で民が飢えるという苦境の時に、この時こそ民の窮乏を気にかけねばならないのに、かえっていっそう贅沢に走っている。これがいわゆる『幸福は重ねてはやって来ないが、禍は必ず重ねてやって来る』というものだ」と。高い門が完成すると、昭侯は亡くなった。ついにその門をくぐることはなかった。
解説
国難の最中に贅沢な建築事業に走るという昭侯の判断そのものが、屈宜咎にとっては命取りの予兆だった。順調なときに慎重だった人物が、逆境のときに限って派手な振る舞いに走るという心理の逆転現象は、現代の企業経営でも見られる。業績が悪化しているときこそ本来は倹約と地に足のついた立て直しが必要なのに、焦りや虚勢から高級なオフィスや派手な広告に予算を投じてしまう経営者は少なくない。屈宜咎の言う「福は重ならないが禍は重なる」という warnings は、逆境の最中の見栄こそが、次の不幸を呼び込む引き金になるという普遍的な戒めである。
この章句が説くこと
逆境の見栄禍福時機の見極め