説苑 / 貴德
智襄子為室美,士茁夕焉,智伯曰:「室美矣夫!」對曰:「美則美矣,抑臣亦有懼也。」智伯曰:「何懼?」對曰:「臣以秉筆事君,記有之曰:高山浚源,不生草木,松柏之地,其土不肥,今土木勝,人臣懼其不安人也。」室成三年而智氏亡。
新字:智襄子為室美,士茁夕焉,智伯曰:「室美矣夫!」対曰:「美則美矣,抑臣亦有懼也。」智伯曰:「何懼?」対曰:「臣以秉筆事君,記有之曰:高山浚源,不生草木,松柏之地,其土不肥,今土木勝,人臣懼其不安人也。」室成三年而智氏亡。
書き下し
智襄子室を美しくす、士茁夕す、智伯曰く、「室美なるかな」と。対へて曰く、「美なれば則ち美なり、抑々臣亦た懼れ有り」と。智伯曰く、「何をか懼れん」と。対へて曰く、「臣筆を秉りて君に事ふるを以て、記に之有りて曰く、高山浚源には、草木を生ぜず、松柏の地は、其の土肥えず、と。今土木勝てば、人臣其の人を安んぜざるを懼る」と。室成りて三年にして智氏亡ぶ。
現代語訳
智襄子(智伯)が邸宅を美しく造営した。士茁が夕方に参上した。智伯は「邸宅は美しいものだろう」と言った。士茁は答えた、「美しいには美しいのですが、それでも私にはある懸念がございます」と。智伯が「何を懸念するのか」と尋ねると、士茁は答えた、「私は文筆を執って主君にお仕えする者として、記録にこうあるのを存じております、『高い山や深く抉れた水源には、草木は生えず、松や柏が生える土地は、その土壌が肥えていない』と。今、土木の造営が度を過ぎておりますので、私は臣下として、それが人々を安んじないのではないかと懸念しております」と。この邸宅が完成してから三年後に、智氏は滅亡した。
解説

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