説苑 / 敬慎
成回學於子路三年,回恭敬不已,子路問其故何也?回對曰:「臣聞之,行者比於鳥,上畏鷹鸇,下畏網羅;夫人為善者少,為讒者多,若身不死,安知禍罪不施。行年七十,常恐行節之虧,回是以恭敬待大命。」子路稽首曰:「君子哉!」
新字:成回学於子路三年,回恭敬不已,子路問其故何也?回対曰:「臣聞之,行者比於鳥,上畏鷹鸇,下畏網羅;夫人為善者少,為讒者多,若身不死,安知禍罪不施。行年七十,常恐行節之虧,回是以恭敬待大命。」子路稽首曰:「君子哉!」
書き下し
成回子路に学ぶこと三年、回恭敬すること已まず。子路其の故を問いて曰わく何ぞやと。回対えて曰わく、「臣之を聞く、行く者は鳥に比す、上は鷹鸇を畏れ、下は網羅を畏る。夫れ人善を為す者は少く、讒を為す者は多し。若し身死せずんば、安んぞ禍罪の施されざるを知らんや。行年七十、常に行節の虧くるを恐る。回是を以て恭敬もて大命を待つ」と。子路稽首して曰わく、「君子なるかな」と。
現代語訳
成回は子路のもとで三年間学んだが、その間ずっと恭しさと慎みを止めることがなかった。子路がその理由を尋ねて「なぜそのようにしているのか」と言った。成回は答えて言った、「私はこう聞いております。歩く者は鳥にたとえられます。上には鷹や鴟のような猛禽を恐れ、下には網や罠を恐れます。そもそも人には善を行う者は少なく、讒言をする者は多いものです。もしまだ死んでいないのなら、どうして禍や罪が自分に及ばないと分かりましょうか。七十歳になっても、私は常に行いの筋目が崩れることを恐れています。私はこのために恭しさと慎みをもって天命を待っているのです」と。子路は頭を下げて言った、「あなたは君子である」と。
解説
敬慎篇の掉尾を飾るこの章は、成回が師である子路のもとで三年学びながらも、少しも慎みを緩めなかった理由を、鳥にたとえて説明する。上には猛禽の脅威、下には網や罠の危険という、常に上下から挟撃されるような緊張感を持ち続ける鳥の比喩は、人間もまた常に予測不能な危険にさらされているという認識を象徴的に表す。人に善を為す者は少なく、讒を為す者は多しという現実認識は悲観的にも見えるが、だからこそ油断なく身を慎むという結論に至る論理は一貫している。篇全体を通じて説かれてきた戦戦兢兢、如臨深淵、如履薄冰という総論が、この最終章で一人の弟子の生き方として具体的に結実しており、敬慎篇全体を締めくくるにふさわしい実践例となっている。
この章句が説くこと
行く者は鳥に比す善少なく讒多し慎みの実践
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説苑・敬慎魯に恭士有り、名を機氾と曰う。行年七十、其の恭益々甚だし。冬日は陰を行き、夏日は陽を行き、市次には敢えて参を行わずんばあらず、行けば必ず随い、坐せば必ず危す。一食の間、三たび起つも羞じず。衣裘褐の士を見れば則ち之が為に礼す。魯君問いて曰わく、「機子年甚だ長ぜり、恭を釈くべからざるか」と。機氾対えて曰わく、「君子は恭を好みて以て其の名を成し、小人は恭を学びて以て其の刑を除く。君の坐に対するは、豈に安からざらんや。尚お差跌有り。一食の上は、豈に美ならざらんや。尚お哽噎有り。今氾の謂う所の幸なる者は、固より未だ自ら必とする能わず。鴻鵠天に沖して飛ぶ、豈に高からざらんや。矰繳尚お得て之を加う。虎豹猛と為すも、人尚お其の肉を食い、其の皮を席く。人を誉むる者は少く、人を悪む者は多し。行年七十、常に斧質の氾に加わるを恐る、何ぞ恭を釈かんや」と。
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