説苑 / 正諫
景公為臺,臺成,又欲為鐘,晏子諫曰:「君不勝欲為臺,今復欲為鐘,是重斂於民,民之哀矣;夫斂民之哀而以為樂,不祥。」景公乃止。
新字:景公為台,台成,又欲為鐘,晏子諫曰:「君不勝欲為台,今復欲為鐘,是重斂於民,民之哀矣;夫斂民之哀而以為楽,不祥。」景公乃止。
書き下し
景公台を為り、台成る。又鐘を為らんと欲す。晏子諫めて曰わく、「君台を為るに勝えざるに、今復た鐘を為らんと欲す。是れ重ねて民に斂むるなり。民の哀しみなり。夫れ民の哀しみを斂めて以て楽と為すは、不祥なり」と。景公乃ち止む。
現代語訳
景公が高台を築き、台が完成した。さらに鐘を鋳造しようとした。晏子が諫めて言った、「君は台の建設だけでも民には堪えがたい負担だったのに、今また鐘を作ろうとされる。これは重ねて民から税を取り立てることです。民は苦しんでいます。民の苦しみを取り立てて、それを娯楽に変えるのは、不吉なことです」と。景公はそこで取りやめた。
解説
わずか数十字の短い章だが、税の重複負担という具体的な事実を淡々と示すだけで、景公はすぐに思いとどまっている。晏子の諫言の特徴は、感情的な非難ではなく民の苦しみを娯楽の資に変えることは不祥であるという道徳的な原理に訴える点にあり、為政者の楽しみが誰かの犠牲の上に成り立っていないかを常に問い直す視点を提供する。現代の組織でも、ある取り組みの資金や時間が既に別の負担で疲弊した現場から重ねて捻出されていないか、点検する姿勢が求められる。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
重税民の負担為政者の自制
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