説苑 / 尊賢
十三年,諸侯舉兵以伐齊,齊王聞之,惕然而恐,召其群臣大夫告曰:「有智為寡人用之。」於是博士淳于髡仰天大笑而不應,王復問之,又大笑不應,三笑不應,王艴然作色不悅曰:「先生以寡人語為戲乎?」對曰:「臣非敢以大王語為戲也,臣笑臣鄰之祠田也,以一奩飯,一壺酒,三鮒魚,祝曰:『蟹堁者宜禾,洿邪者百車,傳之後世,洋洋有餘。』臣笑其賜鬼薄而請之厚也。」於是王乃立淳于髡為上卿,賜之千金,革車百乘,與平諸侯之事;諸侯聞之,立罷其兵,休其士卒,遂不敢攻齊,此非淳于髡之力乎?
新字:十三年,諸侯舉兵以伐斉,斉王聞之,惕然而恐,召其群臣大夫告曰:「有智為寡人用之。」於是博士淳于髡仰天大笑而不応,王復問之,又大笑不応,三笑不応,王艴然作色不悦曰:「先生以寡人語為戯乎?」対曰:「臣非敢以大王語為戯也,臣笑臣鄰之祠田也,以一奩飯,一壺酒,三鮒魚,祝曰:『蟹堁者宜禾,洿邪者百車,伝之後世,洋洋有余。』臣笑其賜鬼薄而請之厚也。」於是王乃立淳于髡為上卿,賜之千金,革車百乗,与平諸侯之事;諸侯聞之,立罷其兵,休其士卒,遂不敢攻斉,此非淳于髡之力乎?
書き下し
十三年、諸侯兵を挙げて以て斉を伐たんとす。斉王之を聞き、惕然として恐れ、其の群臣大夫を召して告げて曰く、「智有らば寡人の為に之を用いよ」と。是に於いて博士淳于髡天を仰ぎて大笑して応えず。王復た之を問うに、又大笑して応えず。三たび笑いて応えず。王艴然として色を作して悦ばず曰く、「先生寡人の語を以て戯れと為すか」と。対えて曰く、「臣敢えて大王の語を以て戯れと為すに非ざるなり。臣は臣の隣の田を祠るを笑うなり。一奩の飯、一壺の酒、三鮒魚を以て、祝いて曰く、『蟹堁なる者は禾に宜しく、洿邪なる者は百車、之を後世に伝えて、洋洋として余り有れ』と。臣は其の鬼に賜うこと薄くして之に請うこと厚きを笑うなり」と。是に於いて王乃ち淳于髡を立てて上卿と為し、之に千金、革車百乗を賜い、諸侯の事を平ぐるに与らしむ。諸侯之を聞き、立ちどころに其の兵を罷め、其の士卒を休め、遂に敢えて斉を攻めず。此れ淳于髡の力に非ざらんや。
現代語訳
十三年、諸侯が兵を挙げて斉を討とうとした。斉王はこれを聞いて恐れおののき、群臣・大夫を召し集めて「知恵のある者は私のためにその知恵を用いてくれ」と告げた。すると博士の淳于髡は天を仰いで大笑いするばかりで答えなかった。王が再び問うても、また大笑いして答えない。三度笑って答えない。王は色をなして不機嫌になり、「先生は私の言葉をふざけたことだと思っているのか」と言った。淳于髡は答えた。「私は決して大王の言葉をふざけたことにしているのではありません。私は隣人が田の神を祀るのを見て笑っているのです。一箱の飯、一壺の酒、三匹の鮒だけを供えて、こう祈るのです。『高台の田には穀物が実り、低い田には百台分の収穫があるように。これを子孫に伝え、豊かに満ち足りますように』と。私は、供え物は乏しいのに願うことばかり多いのを笑っているのです」。そこで王は淳于髡を上卿の位に立て、千金と革張りの兵車百台を与え、諸侯との交渉の事を任せた。諸侯たちはこれを聞くと、たちまち兵を退かせ、兵士を休ませ、ついに斉を攻めようとしなかった。これは淳于髡の力ではなかろうか。
解説

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説苑・復恩楚魏晋陽に会し、将に以て斉を伐たんとす、斉王之を患ひ、人をして淳于髡を召さしめて曰く、「楚魏謀りて斉を伐たんと欲す、願はくは先生と寡人と共に之を憂へん」と。淳于髡大いに笑ひて応ぜず、王後に之に問ふも、又復た大いに笑ひて応ぜず、三たび問ふも応ぜず、王怫然として色を作して曰く、「先生寡人の国を以て戯と為すか」と。淳于髡対へて曰く、「臣敢へて王の国を以て戯と為さざるなり、臣鄰の田を祠るを笑ふ、奩飯を以て一鮒魚に与ふ、其の祝に曰く、下田洿邪なるも、穀百車を得ん、蟹堁の者は禾に宜しからん、と。臣其の祠る所以の者少くして求むる所の者多きを笑ふなり」と。王善しと曰ひ、之に千金、革車百乗を賜ひ、立てて上卿と為す。
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史記 滑稽列伝威王八年、楚大いに兵を発して齊に加ふ。齊王淳于髡をして趙に之きて救兵を請はしむ、金百斤、車馬十駟を齎す。淳于髡仰ぎて天を大笑し、冠纓索絶す。王曰く、「先生之を少しとするか」と。髡曰く、「今者臣東方より来たり、道傍に禳田する者を見る、一豚蹄・酒一盂を操りて、祝して曰く、『甌窶篝に満ち、汙邪車に満ち、五穀蕃熟し、穰穰家に満て』と。臣其の持つ所の者狹くして欲する所の者奢なるを見る、故に之を笑ふ」と。是に於て齊威王乃ち益す黄金千溢、車馬百駟を齎す。髡辞して行き、趙に至る。趙王之に精兵十萬、革車千乗を与ふ。
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戦国策・齊欲伐魏齊魏を伐たんと欲す、魏人をして淳于髡(じゅんうこん)に謂わしめて曰く、「齊魏を伐たんと欲す、能く魏の患いを解く者は、唯だ先生のみなり。敝邑宝璧二双、文馬二駟有り、請う之を先生に致さん」と。淳于髡曰く、「諾」と。入りて齊王に説きて曰く、「楚は、齊の仇敵なり。魏は、齊の与国なり。夫れ与国を伐ちて、仇敵をして其の敝を制せしむるは、名醜くして実危うし、王の為に取らざるなり」と。齊王曰く、「善し」と。乃ち魏を伐たず。客齊王に謂いて曰く、「淳于髡魏を伐たずと言う者は、魏の璧・馬を受ければなり」と。王以て淳于髡に謂いて曰く、「先生魏の璧・馬を受くと聞く、諸(これ)有りや」と。曰く、「之有り」と。「然らば則ち先生の寡人の為に之を計るは何如(いかん)ぞ」と。淳于髡曰く、「魏を伐つの事便ならず、魏髡を刺すと雖も、王に於いて何の益あらん。若し誠に便ならずんば、魏髡を封ずと雖も、王に於いて何の損あらん。且つ夫れ王与国を伐つの誹り無く、魏亡ぼさるるを見るの危うき無く、百姓兵を被るの患い無く、髡璧・馬の宝有り、王に於いて何ぞ傷まんや」と。
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戦国策・孟嘗君在薛孟嘗君薛に在り、荊人之を攻む。淳于髡齊の爲に荊に使ひし、還反して薛を過ぐ。而して孟嘗人をして體貌せしめて親ら之を郊迎す。淳于髡に謂ひて曰く、「荊人薛を攻む、夫子憂へずんば、文以て復た侍する無からん。」淳于髡曰く、「敬んで命を聞かん。」齊に至り、畢く報ず。王曰く、「何をか荊に見る。」對へて曰く、「荊甚だ固く、而して薛も亦た其の力を量らず。」王曰く、「何の謂ひぞや。」對へて曰く、「薛其の力を量らずして、先王の爲に清廟を立つ。荊固くして之を攻む、清廟必ず危からん。故に薛力を量らずと曰ひ、荊も亦た甚だ固しと曰ふ。」齊王其の顏色を和らげて曰く、「譆(ああ)、先君の廟焉に在り。」疾く兵を興して之を救ふ。顛蹶の請、望拜の謁、得ると雖も則ち薄し。善く説く者は、其の勢を陳べ、其の方を言ふ、人の急なる、自ら隘窘の中に在るが若し、豈に強力を用ひんや。
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