史記 / 滑稽列伝
威王八年、楚大いに兵を発して齊に加ふ。齊王淳于髡をして趙に之きて救兵を請はしむ、金百斤、車馬十駟を齎す。淳于髡仰ぎて天を大笑し、冠纓索絶す。王曰、先生之を少しとするか。髡曰、今者臣東方より来たり、道傍に禳田する者を見る、一豚蹄・酒一盂を操りて、祝して曰、甌窶篝に満ち、汙邪車に満ち、五穀蕃熟し、穰穰家に満てと。臣其の持つ所の者狹くして欲する所の者奢なるを見る、故に之を笑ふ。是に於て齊威王乃ち益す黄金千溢、車馬百駟を齎す。髡辞して行き、趙に至る。趙王之に精兵十萬、革車千乗を与ふ。楚之を聞き、夜に兵を引きて去る。
新字:威王八年、楚大いに兵を発して斉に加ふ。斉王淳于髡をして趙に之きて救兵を請はしむ、金百斤、車馬十駟を齎す。淳于髡仰ぎて天を大笑し、冠纓索絶す。王曰、先生之を少しとするか。髡曰、今者臣東方より来たり、道傍に禳田する者を見る、一豚蹄・酒一盂を操りて、祝して曰、甌窶篝に満ち、汙邪車に満ち、五穀蕃熟し、穰穰家に満てと。臣其の持つ所の者狭くして欲する所の者奢なるを見る、故に之を笑ふ。是に於て斉威王乃ち益す黄金千溢、車馬百駟を齎す。髡辞して行き、趙に至る。趙王之に精兵十万、革車千乗を与ふ。楚之を聞き、夜に兵を引きて去る。
書き下し
威王八年、楚大いに兵を発して齊に加ふ。齊王淳于髡をして趙に之きて救兵を請はしむ、金百斤、車馬十駟を齎す。淳于髡仰ぎて天を大笑し、冠纓索絶す。王曰く、「先生之を少しとするか」と。髡曰く、「今者臣東方より来たり、道傍に禳田する者を見る、一豚蹄・酒一盂を操りて、祝して曰く、『甌窶篝に満ち、汙邪車に満ち、五穀蕃熟し、穰穰家に満て』と。臣其の持つ所の者狹くして欲する所の者奢なるを見る、故に之を笑ふ」と。是に於て齊威王乃ち益す黄金千溢、車馬百駟を齎す。髡辞して行き、趙に至る。趙王之に精兵十萬、革車千乗を与ふ。
現代語訳
「大きな成果を望むなら、それに見合った投じ方をしなければならない」——機知に富む使者・淳于髡が、王に投資の道理を悟らせた一段です。楚が大軍で齊に攻め込んできたとき、齊の威王は、淳于髡を趙に派遣して、援軍を求めさせることにしました。ところが、そのとき王が持たせた贈り物は、金百斤と車馬十組——大国に援軍を乞うにしては、あまりに乏しいものでした。それを見た淳于髡は、天を仰いで大笑いします。あまりに激しく笑ったので、冠の紐が切れたほどでした。王が「先生は、この贈り物が少ないと思うのか」と問うと、淳于髡はたとえ話で答えます。「先ほど、こちらへ来る道すがら、田の実りを祈っている者を見かけました。その者は、たった一本の豚の足と、一杯の酒だけを供えて、こう祈っていたのです。『(わずかな高台の畑の作物で)籠がいっぱいになり、(低地の畑の作物で)車がいっぱいになり、五穀が豊かに実り、穀物が家に満ちあふれますように』と。私は、その者が供える物はごくわずかなのに、望むもの(見返り)があまりに大きいのを見て、思わず笑ってしまったのです」と。乏しい元手で、莫大な見返りを望む愚かさを、暗に王に悟らせたのです。これを聞いた威王は、なるほどと膝を打ち、贈り物を、黄金千溢・車馬百組へと、大幅に増やしました。淳于髡がこれを携えて趙に赴くと、趙王は精兵十万と兵車千乗もの援軍を出してくれた。それを聞いた楚は、夜のうちに兵を引き上げていったのです。ここに、投資と成果についての教訓があります。第一に、大きな成果や見返りを望むなら、それに見合った投じ方(元手・労力・誠意)をしなければならないということ。わずかな元手で莫大な見返りを期待するのは、「一本の豚足で大豊作を祈る」ようなもので、道理に合わない。求める成果の大きさと、投じるものの大きさは、釣り合っていなければならない。第二に、相手に何かを頼み、動いてもらおうとするなら、それにふさわしい誠意や対価を示すべきだということ。乏しい贈り物では、大国は本気で動かない。相手を本気にさせるには、こちらの本気(相応の投じ方)を示す必要がある。第三に、こうした道理を、正面から説教するのではなく、たとえ話と機知で、相手に自ら気づかせる巧みさ。組織や交渉で、大きな成果には見合った投じ方が要ると知ること、相手を本気で動かすには相応の誠意や対価を示すこと、そして道理を機知で相手に気づかせる工夫をすること——淳于髡の逸話は、投資と成果の釣り合いを教えます。