戦国策 / 孟嘗君在薛
孟嘗君在薛,荊人攻之。淳于髡為齊使於荊,還反過薛。而孟嘗令人體貌而親郊迎之。謂淳于髡曰:「荊人攻薛,夫子弗憂,文無以復侍矣。」淳于髡曰:「敬聞命。」至於齊,畢報。王曰:「何見於荊?」對曰:「荊甚固,而薛亦不量其力。」王曰:「何謂也?」對曰:「薛不量其力,而為先王立清廟。荊固而攻之,清廟必危。故曰薛不量力,而荊亦甚固。」齊王和其顏色曰:「譆!先君之廟在焉!」疾興兵救之。顛蹶之請,望拜之謁,雖得則薄矣。善說者,陳其勢,言其方,人之急也,若自在隘窘之中,豈用強力哉!
新字:孟嘗君在薛,荊人攻之。淳于髡為斉使於荊,還反過薛。而孟嘗令人体貌而親郊迎之。謂淳于髡曰:「荊人攻薛,夫子弗憂,文無以復侍矣。」淳于髡曰:「敬聞命。」至於斉,畢報。王曰:「何見於荊?」対曰:「荊甚固,而薛亦不量其力。」王曰:「何謂也?」対曰:「薛不量其力,而為先王立清廟。荊固而攻之,清廟必危。故曰薛不量力,而荊亦甚固。」斉王和其顏色曰:「譆!先君之廟在焉!」疾興兵救之。顛蹶之請,望拝之謁,雖得則薄矣。善説者,陳其勢,言其方,人之急也,若自在隘窘之中,豈用強力哉!
書き下し
孟嘗君薛に在り、荊人之を攻む。淳于髡齊の爲に荊に使ひし、還反して薛を過ぐ。而して孟嘗人をして體貌せしめて親ら之を郊迎す。淳于髡に謂ひて曰く、「荊人薛を攻む、夫子憂へずんば、文以て復た侍する無からん。」淳于髡曰く、「敬んで命を聞かん。」齊に至り、畢く報ず。王曰く、「何をか荊に見る。」對へて曰く、「荊甚だ固く、而して薛も亦た其の力を量らず。」王曰く、「何の謂ひぞや。」對へて曰く、「薛其の力を量らずして、先王の爲に清廟を立つ。荊固くして之を攻む、清廟必ず危からん。故に薛力を量らずと曰ひ、荊も亦た甚だ固しと曰ふ。」齊王其の顏色を和らげて曰く、「譆(ああ)、先君の廟焉に在り。」疾く兵を興して之を救ふ。顛蹶の請、望拜の謁、得ると雖も則ち薄し。善く説く者は、其の勢を陳べ、其の方を言ふ、人の急なる、自ら隘窘の中に在るが若し、豈に強力を用ひんや。
現代語訳
孟嘗君が薛の地にいたとき、楚(荊)の人がこれを攻めた。淳于髡は斉の使者として楚へ赴き、その帰途に薛を通りかかった。孟嘗君は人に丁重な礼儀を尽くさせ、自ら郊外まで出迎えた。孟嘗君は淳于髡に「楚が薛を攻めています。もしあなたが憂いてくださらなければ、私はもうあなたにお仕えすることができなくなるでしょう」と言った。淳于髡は「謹んで承りました」と答えた。斉に着くと、淳于髡はすべてを王に報告した。王は「楚で何を見てきたか」と尋ねた。淳于髡は「楚は非常に強固で、薛もまた自らの力量を弁えておりませんでした」と答えた。王が「どういうことか」と尋ねると、淳于髡は答えた。「薛は自らの力量を弁えず、先王のために清廟(先王の霊廟)を建てております。楚は強固で、それを攻めています。清廟は必ず危うくなりましょう。ですから、薛は力量を弁えないと申し上げ、楚もまた大変強固だと申し上げたのです。」斉王は顔色を和らげて「ああ、先君の廟がそこにあったのか」と言い、直ちに兵を起こしてこれを救援した。あわてふためいて懇願したり、望み拝んで訴えたりしても、たとえ願いが叶ったとしても、その効果は薄いものです。話が上手な者は、状況を的確に述べ、方策を示すだけで、人の急を、まるで自分自身が窮地にいるかのように感じさせます。そこにどうして力ずくの言葉が必要でしょうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・報更④孟嘗君前に薛に在りしとき、荊人、之を攻む。淳于髡、齊の為に荊に使いし、還反りて、薛を過る。孟嘗君、人をして禮貌せしめて、親ら之を郊送し、淳于髡に謂いて曰く、「荊人、薛を攻む。夫子為に憂えずんば、文以て復た待すること無けん。」淳于髡曰く、「敬みて命を聞けり。」齊に至り、報を畢う。王曰く、「何をか荊に見たる。」對えて曰く、「荊は甚だ固なり、而して薛も亦た其の力を量らず。」王曰く、「何の謂ぞや。」對えて曰く、「薛は其の力を量らずして、先王の為に清廟を立て、荊は固にして薛を攻む。薛の清廟必ず危うからん。故に曰く、薛、其の力を量らずして、而して荊も亦た甚だ固なり。」齊王、顏色を知して曰く、「嘻、先君の廟焉に在り。」疾やかに兵を舉げて之を救う。是に由りて薛遂に全し。顛蹙の請、坐拜の謁、得ると雖も則ち薄し。故に善く説く者は、其の勢を陳べ、其の方を言い、人の急を見ること、自ら危厄の中に在るが若し。豈に彊力を用いんや。彊力は則ち鄙し。説の聽かれざるは、任獨り説く所に在るのみならず、亦た説く者に在り。
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戦国策・齊欲伐魏齊魏を伐たんと欲す、魏人をして淳于髡(じゅんうこん)に謂わしめて曰く、「齊魏を伐たんと欲す、能く魏の患いを解く者は、唯だ先生のみなり。敝邑宝璧二双、文馬二駟有り、請う之を先生に致さん」と。淳于髡曰く、「諾」と。入りて齊王に説きて曰く、「楚は、齊の仇敵なり。魏は、齊の与国なり。夫れ与国を伐ちて、仇敵をして其の敝を制せしむるは、名醜くして実危うし、王の為に取らざるなり」と。齊王曰く、「善し」と。乃ち魏を伐たず。客齊王に謂いて曰く、「淳于髡魏を伐たずと言う者は、魏の璧・馬を受ければなり」と。王以て淳于髡に謂いて曰く、「先生魏の璧・馬を受くと聞く、諸(これ)有りや」と。曰く、「之有り」と。「然らば則ち先生の寡人の為に之を計るは何如(いかん)ぞ」と。淳于髡曰く、「魏を伐つの事便ならず、魏髡を刺すと雖も、王に於いて何の益あらん。若し誠に便ならずんば、魏髡を封ずと雖も、王に於いて何の損あらん。且つ夫れ王与国を伐つの誹り無く、魏亡ぼさるるを見るの危うき無く、百姓兵を被るの患い無く、髡璧・馬の宝有り、王に於いて何ぞ傷まんや」と。
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戦国策・薛公為魏謂魏冉薛公、魏の為に魏冉に謂ひて曰く、「文聞く、秦王呂禮を以て齊を收め、以て天下を濟(な)さんと欲すと。君必ず輕んぜられん。齊・秦相聚まりて以て三晉に臨まば、禮必ず并びに之に相たらん。是れ君齊を收めて以て呂禮を重んずるなり。齊天下の兵を免れなば、其の君を讎とすること必ず深からん。君は秦王を勸めて弊邑をして卒(つひ)に齊を攻むるの事あらしむるに如かず。齊破れなば、文請ふ得る所を以て君を封ぜん。齊破れて晉強くならば、秦王晉の強きを畏れ、必ず君を重んじて以て晉を取らん。齊晉に弊邑を予へて秦に支ふる能はずんば、晉必ず君を重んじて以て秦に事へん。是れ君齊を破りて以て功と為し、晉を操りて以て重と為すなり。齊を破りて封を定めなば、秦・晉皆君を重んぜん。若し齊破れずして呂禮復た用ゐられなば、子必ず大いに窮せん。」
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戦国策・薛公以齊為韓魏攻楚薛公齊を以て韓、魏の為に楚を攻め、又韓、魏と与に秦を攻め、兵を藉り食を乞ふを西周にす。韓慶西周の為に薛公に謂ひて曰く、「君齊を以て韓、魏の為に楚を攻め、九年にして宛、葉以北を取りて以て韓、魏を強くし、今又秦を攻めて以てこれを益す。韓、魏南に楚の憂ひ無く、西に秦の患ひ無ければ、則ち地広くして益重んぜられ、齊必ず軽んぜられん。夫れ本末更々盛んに、虛実時有り、竊かに君の為にこれを危ぶむ。君弊邑をして陰かに秦に合せしめて君攻むる無く、又兵を藉り食を乞ふ無きに如かず。君函谷に臨みて攻むる無く、弊邑をして君の情を以て秦王に謂はしめて曰かしめよ、『薛公必ず秦を破りて以て韓、魏を張らんとす、兵を進むる所以は、王をして楚をして東国を割きて以て齊に与へしめんと欲すればなり』と。秦王楚王を出だして以て和と為し、君弊邑をしてこの忠を以て秦にせしめば、秦破るる無きを得て、楚の東国を以て自ら免れん、必ずこれを欲せん。楚王出づれば、必ず齊に徳とせん、齊東国を得て益々強く、而して薛世々患ひ無からん。秦大いに弱まらずして、これを三晉の西に処けば、三晉必ず齊を重んぜん」と。薛公曰く、「善し」と。因りて韓慶をして秦に入らしめ、三国をして秦を攻むる無からしめ、兵を藉り食を乞ふを西周にせしめず。
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説苑・復恩楚魏晋陽に会し、将に以て斉を伐たんとす、斉王之を患ひ、人をして淳于髡を召さしめて曰く、「楚魏謀りて斉を伐たんと欲す、願はくは先生と寡人と共に之を憂へん」と。淳于髡大いに笑ひて応ぜず、王後に之に問ふも、又復た大いに笑ひて応ぜず、三たび問ふも応ぜず、王怫然として色を作して曰く、「先生寡人の国を以て戯と為すか」と。淳于髡対へて曰く、「臣敢へて王の国を以て戯と為さざるなり、臣鄰の田を祠るを笑ふ、奩飯を以て一鮒魚に与ふ、其の祝に曰く、下田洿邪なるも、穀百車を得ん、蟹堁の者は禾に宜しからん、と。臣其の祠る所以の者少くして求むる所の者多きを笑ふなり」と。王善しと曰ひ、之に千金、革車百乗を賜ひ、立てて上卿と為す。
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戦国策・孟嘗君為從孟嘗君從を爲す。公孫弘孟嘗君に謂ひて曰く、「君何ぞ人をして先づ秦王を觀しめざる。意ふに秦王帝王の主ならば、君恐らくは臣爲るを得ざらん、奚(いづ)くにか從を以て之を難ずるに暇あらんや。意ふに秦王不肖の主ならば、君從を以て之を難ずとも、未だ晩からず。」孟嘗君曰く、「善し、願はくは因りて公に往かんことを請はん。」公孫弘敬しんで諾し、車十乘を以て秦に之く。昭王之を聞き、之を媿(はづか)しめんと欲して辭を以てす。公孫弘見ゆるに、昭王曰く、「薛公の地、大小幾何ぞ。」公孫弘對へて曰く、「百里なり。」昭王笑ひて曰く、「寡人の地數千里なるも、猶ほ未だ敢へて以て難有らざるなり。今孟嘗君の地方百里にして、因りて寡人を難ぜんと欲するも、猶ほ可ならんや。」公孫弘對へて曰く、「孟嘗君人を好むも、大王人を好まず。」昭王曰く、「孟嘗君の人を好むや、奚如(いかん)。」公孫弘曰く、「義天子に臣たらず、諸侯に友たらず、志を得れば人主爲るを慚ぢず、志を得ざれば人臣爲るを肯んぜず、此くの如き者三人。而して治は管・商の師爲る可く、義を説きて行を聽き、能く其の此くの如くならしむる者五人。萬乘の嚴主なり。其の使者を辱むれば、退きて自ら刎(くびは)ね、必ず其の血を以て其の衣を洿(けが)す者、臣の如き者十人。」昭王笑ひて之に謝して曰く、「客胡爲(なんす)れぞ此くの若くする、寡人直だ客と論ずるのみ。寡人孟嘗君を善しとし、客をして必ず寡人の志を諭さしめんと欲するなり。」公孫弘曰く、「敬んで諾せん。」公孫弘侵されずと謂ふ可し。昭王は、大國なり。孟嘗は、千乘なり。千乘の義を立てて陵(しの)がる可からず、士を使ふに足ると謂ふ可し。