人物志 / 釋爭
交氣疾爭者,為易口而自毀也;並辭競說者,為貸手以自毆。
新字:交気疾争者,為易口而自毀也;並辞競説者,為貸手以自殴。
書き下し
気を交えて疾く争う者は、口を易えて自ら毀るを為すなり。辞を並べて説を競う者は、手を貸して以て自ら毆つを為すなり。
現代語訳
感情をぶつけ合って激しく言い争う者は、相手の口を借りて自分自身を傷つけているようなものである。言葉を並べ立てて論を競う者は、他人の手を借りて自分自身を殴っているようなものである。
解説
感情的な言い争いは、相手を攻撃しているようでいて、実は相手の口や手を借りて自分自身を傷つけているのと変わらないと劉劭は鋭い比喩で説く。口論の最中は相手を打ち負かしているつもりでも、後に残るのは自分自身の評判や心の疲弊であることが多い。オンラインでの言い争いや職場での感情的な対立にも、この構図はそのまま当てはまる。言い争いに踏み込む前に、それが誰を最も傷つけることになるのかを一度考えてみる余地がある。
この章句が説くこと
感情的な対立自傷的な争い比喩
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