説苑 / 政理
文王問於呂望曰:「為天下若何?」對曰:「王國富民,霸國富士;僅存之國,富大夫;亡道之國,富倉府;是謂上溢而下漏。」文王曰:「善!」對曰:「宿善不祥。是日也,發其倉府,以賑鰥、寡、孤、獨。」
新字:文王問於呂望曰:「為天下若何?」対曰:「王国富民,覇国富士;僅存之国,富大夫;亡道之国,富倉府;是謂上溢而下漏。」文王曰:「善!」対曰:「宿善不祥。是日也,発其倉府,以賑鰥、寡、孤、独。」
書き下し
文王、呂望に問いて曰く、「天下を為すこと若何。」對えて曰く、「王國は民を富ませ、霸國は士を富ませ、僅かに存する國は大夫を富ませ、道亡き國は倉府を富ませる。是を上溢れて下漏ると謂う。」文王曰く、「善し。」對えて曰く、「善を宿するは不祥なり。」是の日や、其の倉府を發きて、以て鰥・寡・孤・獨を賑わす。
現代語訳
文王が呂望(太公望)に尋ねた、「天下を治めるにはどうすればよいか。」呂望は答えた、「王者の国は民を富ませ、覇者の国は士(役人・武人)を富ませ、かろうじて存続している国は大夫(高官)を富ませ、道を失った国は国庫だけを富ませます。これを『上が溢れて下は乾いている』状態と言います。」文王は言った、「善いことだ。」呂望は答えた、「善いと分かっていながら実行を先延ばしにするのは不吉なことです。」そこで文王はその日のうちに国庫を開き、身寄りのない鰥夫、寡婦、孤児、独り者に施しを与えた。
解説
「上溢れて下漏る」という言葉は、富がどの階層に滞留するかによって国家の質そのものが測れるという鋭い診断基準を示す。民まで富が行き渡る王国こそ最上であり、国庫だけが肥え太る国は「道なき国」だと断じる階層構造は、現代の格差や内部留保の議論にもそのまま当てはまる。さらに本章で見逃せないのは「善を宿するは不祥なり」という一言である。正しいと分かったことを翌日に先延ばしにせず、その日のうちに国庫を開いて弱者を救った文王の即断は、良いアイデアを検討だけで終わらせず即実行に移すことの重要性を教えている。
この章句が説くこと
上溢下漏即断即行富の分配
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六韜・国務文王太公に問ひて曰く、「願はくは国を為(をさ)むるの大務を聞かん。主をして尊く人をして安からしめんと欲す。之を為すこと奈何(いかん)」と。太公曰く、「民を愛するのみ」と。文王曰く、「民を愛するとは奈何」と。太公曰く、「利して害する勿かれ、成して敗る勿かれ、生かして殺す勿かれ、与へて奪ふ勿かれ、楽しませて苦しむる勿かれ、喜ばせて怒らしむる勿かれ」と。文王曰く、「敢へて其の故を釈(と)かんことを請ふ」と。太公曰く、「民其の務めを失はざれば、則ち之を利するなり。農其の時を失はざれば、則ち之を成すなり。刑罰を省けば、則ち之を生かすなり。賦斂(ふれん)を薄くすれば、則ち之に与ふるなり。宮室・台榭(だいしゃ)を倹(つづま)やかにすれば、則ち之を楽しませるなり。吏清くして苛擾(かじょう)せざれば、則ち之を喜ばせるなり。民其の務めを失へば、則ち之を害するなり。農其の時を失へば、則ち之を敗るなり。罪無くして罰すれば、則ち之を殺すなり。賦斂を重くすれば、則ち之より奪ふなり。多く宮室・台榭を営みて以て民力を疲れしむれば、則ち之を苦しむるなり。吏濁りて苛擾すれば、則ち之を怒らしむるなり。故に善く国を為むる者は、民を馭(ぎょ)すること父母の子を愛するが如く、兄の弟を愛するが如し。其の飢寒を見れば則ち之が為に憂へ、其の労苦を見れば則ち之が為に悲しむ。賞罰は身に加ふるが如く、賦斂は己の物を取るが如し。此れ民を愛するの道なり」と。