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荀子 / 王制篇

成侯、嗣公聚斂計數之君也,未及取民也。子產取民者也,未及為政也。管仲為政者也,未及修禮也。故修禮者王,為政者彊,取民者安,聚斂者亡。故王者富民,霸者富士,僅存之國富大夫,亡國富筐篋,實府庫。筐篋已富,府庫已實,而百姓貧:夫是之謂上溢而下漏。入不可以守,出不可以戰,則傾覆滅亡可立而待也。故我聚之以亡,敵得之以彊。聚斂者,召寇、肥敵、亡國、危身之道也,故明君不蹈也。

新字:成侯、嗣公聚斂計数之君也,未及取民也。子産取民者也,未及為政也。管仲為政者也,未及修礼也。故修礼者王,為政者彊,取民者安,聚斂者亡。故王者富民,覇者富士,僅存之国富大夫,亡国富筐篋,実府庫。筐篋已富,府庫已実,而百姓貧:夫是之謂上溢而下漏。入不可以守,出不可以戦,則傾覆滅亡可立而待也。故我聚之以亡,敵得之以彊。聚斂者,召寇、肥敵、亡国、危身之道也,故明君不蹈也。

書き下し

成侯、嗣公は聚斂計数の君なり、未だ民を取るに及ばざるなり。子産は民を取る者なり、未だ政を為すに及ばざるなり。管仲は政を為す者なり、未だ礼を修むるに及ばざるなり。故に礼を修むる者は王たり、政を為す者は彊く、民を取る者は安く、聚斂する者は亡ぶ。故に王者は民を富ませ、覇者は士を富ませ、僅かに存する国は大夫を富ませ、亡国は筐篋を富ませ、府庫を実たす。筐篋已に富み、府庫已に実ちて、百姓貧し。夫れ是れを之れ上溢れて下漏ると謂う。入りては以て守るべからず、出でては以て戦うべからざれば、則ち傾覆滅亡は立ちどころに待つべきなり。故に我之を聚めて以て亡び、敵之を得て以て彊し。聚斂は、寇を召き、敵を肥やし、国を亡ぼし、身を危うくするの道なり。故に明君は蹈まざるなり。

現代語訳

衛の成侯と嗣公は、税を取り立てて数を勘定するばかりの君主で、民の心をつかむところまで至らなかった。鄭の子産は民の心をつかんだ者だが、政治を組み立てるところまでは至らなかった。斉の管仲は政治を組み立てた者だが、礼を修めるところまでは至らなかった。だから、礼を修める者は王となり、政治を組み立てる者は強くなり、民の心をつかむ者は安泰であり、税を取り立てるだけの者は滅びる。だから王者は民を富ませ、覇者は士を富ませ、かろうじて生き延びる国は大夫を富ませ、滅びる国は君主の箱を富ませ、蔵を満たす。箱がすでに富み、蔵がすでに満ちていながら、人民は貧しい。これを「上に溢れて下に漏る」という。国内にあっては守ることができず、外に出ては戦うことができない。ならば崩壊と滅亡は立ったまま待っていれば来る。自分が集めたものが自分の滅びを招き、敵はそれを手に入れて強くなる。税の取り立ては、賊を招き、敵を肥やし、国を滅ぼし、我が身を危うくする道である。だから明君はその道を踏まない。

解説

荀子は四人の為政者を並べ、到達点の高さで格付けします。取り立てだけの成侯・嗣公、人心をつかんだ子産、政治の仕組みを作った管仲、そしてその上に礼を修める段階を置く。礼を修めれば王者、政治を組めば強国、人心をつかめば安泰、取り立てるだけなら滅亡というはっきりした序列です。特に痛烈なのが「上溢れて下漏る」という言葉で、君主の蔵は満ち溢れているのに人民は貧しいという状態を指します。そうして貯めた富は、いざ攻められれば守る力にならず、そのまま敵の手に渡って敵を強くする。搾取は敵を肥やす行為だという指摘は、いま読んでも鋭い。組織でも、目先の数字を絞り取ることは短期的には成果に見えますが、現場が疲弊し人が去れば、その蓄えは競合を利するだけになります。何を富ませるかという問いは、そのまま何を長期的な力とするかという問いです。

この一句を、あなたの毎日に。

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