説苑 / 政理
魯哀公問政於孔子,對曰:「政有使民富且壽。」哀公曰:「何謂也?」孔子曰:「薄賦斂則民富,無事則遠罪,遠罪則民壽。」公曰:「若是則寡人貧矣。」孔子曰:「詩云:『凱悌君子,民之父母』,未見其子富而父母貧者也。」
新字:魯哀公問政於孔子,対曰:「政有使民富且寿。」哀公曰:「何謂也?」孔子曰:「薄賦斂則民富,無事則遠罪,遠罪則民寿。」公曰:「若是則寡人貧矣。」孔子曰:「詩云:『凱悌君子,民之父母』,未見其子富而父母貧者也。」
書き下し
魯の哀公、政を孔子に問う。對えて曰く、「政に民をして富み且つ壽たらしむる有り。」哀公曰く、「何の謂ぞや。」孔子曰く、「賦斂を薄くすれば則ち民富み、事無ければ則ち罪に遠ざかり、罪に遠ざかれば則ち民壽たり。」公曰く、「是くの若くんば則ち寡人貧しからん。」孔子曰く、「詩に云う、『凱悌の君子は、民の父母なり』と。未だ其の子富みて父母貧しき者を見ざるなり。」
現代語訳
魯の哀公が孔子に政治について尋ねた。孔子は答えた、「政治には、民を富ませ、かつ長生きさせるものがあります。」哀公は言った、「どういうことか。」孔子は言った、「租税を軽くすれば民は富み、余計な労役がなければ罪から遠ざかり、罪から遠ざかれば民は長生きします。」哀公は言った、「そのようにすれば、私(君主)の方が貧しくなってしまうではないか。」孔子は言った、「詩経に『和やかで親しみ深い君子は、民の父母である』とあります。子が富んでいて父母が貧しいという例は、いまだかつて見たことがありません。」
解説
哀公は「民を富ませれば自分(君主)が貧しくなる」という発想から抜け出せないが、孔子は君主と民を対立関係ではなく「親子」という一体の関係として捉え直す。子が豊かであるのに親だけが貧しいということはあり得ない、という比喩は、統治者の富が民の富と本質的に地続きであるという発想の転換を促す。これは現代の経営にも応用できる発想であり、従業員や顧客を「搾り取る対象」と見るか、「自分たちと運命を共にする家族」と見るかで、組織の持続可能性は大きく変わる。目先の徴収を減らしてでも相手を富ませることが、長期的には自らの安定にもつながるという逆説を説いている。
この章句が説くこと
薄賦斂民の父母共栄
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説苑・政理子貢曰く、「葉公、政を夫子に問う。夫子曰く、『政は附近來遠に在り』と。魯の哀公、政を夫子に問う。夫子曰く、『政は臣を諭すに在り』と。齊の景公、政を夫子に問う。夫子曰く、『政は節用に在り』と。三君政を夫子に問いて、夫子之に應ずること同じからず。然らば則ち政に異なる有るか。」孔子曰く、「夫れ荊の地は廣くして都は狹く、民離志有り。故に曰く、附近して遠を來すに在り、と。哀公に臣三人有り、內には周公を比して以て其の君を惑わし、外には諸侯賓客を障げて以て其の明を蔽う。故に曰く、政は臣を諭すに在り、と。齊の景公、臺榭に奢り、苑囿に淫し、五官の樂解けず、一旦にして人に百乘の家を賜う者三たびす。故に曰く、政は節用に在り、と。此の三者は政なり。詩に云わずや、『亂離斯に瘼み、爰に其れ適に歸せん』とは、此れ離散を傷みて以て亂と為す者なり。『其の共を止めず、惟れ王の邛』とは、此れ姦臣の主を蔽うを傷みて以て亂と為す者なり。『相亂れて資無く、魯我が師を惠まず』とは、此れ奢侈節せざるを傷みて以て亂と為す者なり。此の三者の欲する所を察するに、政其れ同じきかな。」
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説苑・政理武王、太公に問いて曰く、「國を治むるの道若何。」太公對えて曰く、「國を治むるの道は、民を愛するのみ。」曰く、「民を愛すること若何。」曰く、「之を利して害する勿かれ、之を成して敗る勿かれ、之を生かして殺す勿かれ、之に與えて奪う勿かれ、之を樂しませて苦しむる勿かれ、之を喜ばせて怒らしむる勿かれ。此れ國を治むるの道、民を使うの誼なり。之を愛するのみ。民、其の務むる所を失えば、則ち之を害するなり。農、其の時を失えば、則ち之を敗るなり。罪有る者に其の罰を重くすれば、則ち之を殺すなり。賦斂を重くする者は、則ち之を奪うなり。徭役を多くして以て民力を罷らすれば、則ち之を苦しむるなり。勞して之を擾せば、則ち之を怒らしむるなり。故に善く國を為むる者の民を遇するや、父母の子を愛し、兄の弟を愛するが如く、其の饑寒を聞きて之が為に哀しみ、其の勞苦を見て之が為に悲しむ。」
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