説苑 / 政理
子貢問治民於孔子,孔子曰:「懍懍焉如以腐索御奔馬。」子貢曰:「何其畏也!」孔子曰:「夫通達之國皆人也,以道導之,則吾畜也;不以道導之,則吾讎也,若何而毋畏?」
新字:子貢問治民於孔子,孔子曰:「懍懍焉如以腐索御奔馬。」子貢曰:「何其畏也!」孔子曰:「夫通達之国皆人也,以道導之,則吾畜也;不以道導之,則吾讎也,若何而毋畏?」
書き下し
子貢、民を治むるを孔子に問う。孔子曰く、「懍懍焉として腐索を以て奔馬を御するが如し。」子貢曰く、「何ぞ其れ畏るるや。」孔子曰く、「夫れ通達の國は皆人なり。道を以て之を導けば、則ち吾が畜なり。道を以て之を導かざれば、則ち吾が讎なり。若何ぞ畏るること毋からんや。」
現代語訳
子貢が孔子に、民を治めることについて尋ねた。孔子は言った、「びくびくと恐れながら、腐った縄で暴れる馬を御するようなものだ。」子貢は言った、「どうしてそれほど恐れるのですか。」孔子は言った、「あらゆる国はみな人から成り立っている。道によってこれを導けば、彼らは私に従う家畜のようなものになるが、道によって導かなければ、彼らは私の仇となる。どうして畏れずにいられようか。」
解説
「腐索を以て奔馬を御す」という強烈な比喩は、統治とは常に危うい均衡の上に成り立つものであり、油断すればいつでも制御を失う緊張感を伴うことを表す。民衆(あるいは組織の成員)は、正しい道理によって導けば頼もしい味方となるが、そうでなければ牙をむく存在にもなり得るという両義性を持つ。この畏れは決して消極的な弱気ではなく、権力を握る者が常に持つべき緊張感であり、現代の経営者やリーダーにとっても、部下や顧客の信頼は永続的なものではなく、日々の導き方次第で味方にも敵にもなり得るという戒めとして読める。
この章句が説くこと
腐索御奔馬敬畏道による統治