孔子家語 / 執轡
閔子騫為費宰,問政於孔子。子曰:「以德以法。夫德法者,御民之具,猶御馬之有銜勒也。君者,人也。吏者,轡也。刑者,策也。夫人君之政,執其轡策而已。」
新字:閔子騫為費宰,問政於孔子。子曰:「以徳以法。夫徳法者,御民之具,猶御馬之有銜勒也。君者,人也。吏者,轡也。刑者,策也。夫人君之政,執其轡策而已。」
書き下し
閔子騫、費の宰と為り、政を孔子に問う。子曰わく、「徳を以てし法を以てす。夫れ徳法なる者は、民を御するの具にして、猶お馬を御するに銜勒有るがごときなり。君なる者は、人なり。吏なる者は、轡なり。刑なる者は、策なり。夫れ人君の政は、その轡策を執るのみ。」
現代語訳
閔子騫が費の長官となり、孔子に政治のあり方を尋ねた。孔子は言った。「徳と法とによるのです。徳と法とは民を治める道具であり、ちょうど馬を御するのに轡(くつわ)や勒(おもがい)があるのと同じです。君主は御者にあたる存在です。役人は手綱にあたり、刑罰は鞭にあたります。そもそも君主の政治とは、その手綱と鞭を握ることに他なりません。」
解説
閔子騫が地方長官に任じられた際、孔子に統治の要諦を尋ねた場面です。孔子は「政治=馬を御する術」という比喩を用い、徳と法を馬具の銜勒(くつわ)に、役人組織を手綱に、刑罰を鞭になぞらえます。君主自身が直接民を追い立てるのではなく、徳と法という道具を通じて間接的に治めるべきだという発想が示されており、この馬車の比喩はこの後の問答全体を貫く基本モデルとなります。組織のリーダーが、規則や制度という「道具」を整えることで人を動かすという発想は、現代のマネジメント論にも通じるものです。
この章句が説くこと
閔子騫徳法御民銜勒譬喩
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孔子家語・執轡子騫曰わく、「敢えて問う、古の政を為すことを。」孔子曰わく、「古の天子は内史を以て左右の手と為し、徳法を以て銜勒と為し、百官を以て轡と為し、刑罰を以て策と為し、万民を以て馬と為す。故に天下を御すること数百年にして失わず。善く馬を御する者は、銜勒を正しくし、轡策を斉え、馬力を均しくし、馬心を和らぐ。故に口声無くして馬轡に応じ、策挙げずして千里を極む。善く民を御する者は、その徳法を壹にし、その百官を正しくし、以て民力を均斉にし、民心を和安にす。故に令再びせずして民順従し、刑用いずして天下治まる。ここを以て天地これを徳とし、兆民これを懐く。夫れ天地の徳とする所、兆民の懐く所、その政美なれば、その民衆にしてこれを称す。今人五帝三王を言う者、その盛んなること偶無く、威察存するが若きは、その故何ぞや。その法盛んに、その徳厚ければ、故にその徳を思いて、必ずその人を称す。朝夕にこれを祝し、升りて天に聞こえ、上帝倶に歆じ、用てその世を永くし、その年を豊かにす。善く民を御する能わざる者は、その徳法を棄てて、専ら刑辟を用う。譬えば猶お馬を御するに、その銜勒を棄てて専ら棰策を用うるがごとし、その制せられざるや、必とすべし。」
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