説苑 / 復恩
陽虎得罪於衛,北見簡子曰:「自今以來,不復樹人矣。」簡子曰:「何哉?」陽虎對曰:「夫堂上之人,臣所樹者過半矣;朝廷之吏,臣所立者亦過半矣;邊境之士,臣所立者亦過半矣。今夫堂上之人,親郤臣於君;朝廷之吏,親危臣於眾;邊境之士,親劫臣於兵。」簡子曰:「唯賢者為能報恩,不肖者不能。夫樹桃李者,夏得休息,秋得食焉。樹蒺藜者,夏不得休息,秋得其刺焉。今子之所樹者,蒺藜也,自今以來,擇人而樹,毋已樹而擇之。」
新字:陽虎得罪於衛,北見簡子曰:「自今以来,不復樹人矣。」簡子曰:「何哉?」陽虎対曰:「夫堂上之人,臣所樹者過半矣;朝廷之吏,臣所立者亦過半矣;辺境之士,臣所立者亦過半矣。今夫堂上之人,親郤臣於君;朝廷之吏,親危臣於眾;辺境之士,親劫臣於兵。」簡子曰:「唯賢者為能報恩,不肖者不能。夫樹桃李者,夏得休息,秋得食焉。樹蒺藜者,夏不得休息,秋得其刺焉。今子之所樹者,蒺藜也,自今以来,択人而樹,毋已樹而択之。」
書き下し
陽虎衛に罪を得て、北のかた簡子に見えて曰く、「今自り以来、復た人を樹てじ」と。簡子曰く、「何ぞや」と。陽虎対へて曰く、「夫れ堂上の人、臣の樹つる所の者半ばに過ぎたり、朝廷の吏、臣の立つる所の者も亦た半ばに過ぎたり、辺境の士、臣の立つる所の者も亦た半ばに過ぎたり。今夫れ堂上の人、親しく臣を君に郤け、朝廷の吏、親しく臣を衆に危くし、辺境の士、親しく臣を兵に劫かす」と。簡子曰く、「唯だ賢者のみ能く恩に報ゆ、不肖なる者は能はず。夫れ桃李を樹つる者は、夏に休息を得て、秋に食を得ん。蒺藜を樹つる者は、夏に休息を得ず、秋に其の刺を得ん。今子の樹つる所の者は、蒺藜なり、今自り以来、人を択びて樹て、已に樹てて而る後に択ぶこと毋かれ」と。
現代語訳
陽虎が衛の国で罪を得て、北へ向かい趙簡子に会って言った、「今後は、二度と人を引き立てることはしないつもりです」と。簡子は「どうしてか」と尋ねた。陽虎は答えた、「そもそも堂上に仕える者たちのうち、私が引き立てた者は半分を超えておりました。朝廷の役人のうちでも、私が取り立てた者は半分を超えておりました。辺境を守る士たちのうちでも、私が取り立てた者は半分を超えておりました。それなのに今、堂上の者たちは、まさに親しかったはずの私を主君のもとで陥れ、朝廷の役人たちは、親しかったはずの私を衆人の前で危険にさらし、辺境の士たちは、親しかったはずの私を兵をもって脅かしております」と。簡子は言った、「賢者だけが恩に報いることができるのであり、つまらぬ人物にはそれができないのだ。桃や李を植える者は、夏にはその木陰で休息を得られ、秋にはその実を食べられる。しかし蒺藜(とげのある雑草)を植える者は、夏に休息を得ることもできず、秋にはそのとげを刺されるだけだ。今、あなたが育て上げてきた者たちは、まさに蒺藜だったのだ。今後は、人を選んでから育てるようにしなさい、すでに育ててから選ぶようなことをしてはならない」と。
解説
この章句が説くこと
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説苑・權謀陽虎魯に難を爲し、走りて齊に之き、師を魯に請ふ。齊侯之を許す。鮑文子曰く、「不可なり。陽虎齊師の破れんことを欲す。齊師破れなば、大臣必ず多く死せん。是に於て其の詐謀を奮はんと欲するなり。夫れ虎季氏に寵有りて將に季孫を殺さんとせしも、魯國に利あらずして其の求めを容れたり。今君季氏より富み魯國より大なり。茲れ陽虎の傾覆せんと欲する所なり。魯其の疾を免れて、君又た之を收む。乃ち害無からんや」と。齊君乃ち之を執へ、免じて晉に奔らしむ。
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説苑・復恩晋欒盈の族を逐ふ、其の家臣に敢へて従ふ者有らば死せしめよと命ず、其の臣曰く、「辛俞之に従はん」と。吏得て将に之を殺さんとす、君曰く、「汝に従ふを得る無からしめしに、敢へて従ふは何ぞや」と。辛俞対へて曰く、「臣聞く、三世家に仕ふる者は之を君とし、二世なる者は之を主とす、君に事ふるに死を以てし、主に事ふるに勤を以てす、之を賜ふ多きが為なり、と。今臣三世欒氏に於て、其の賜を受くること多し、臣敢へて死を畏れて三世の恩を忘れんや」と。晋君之を釈す。
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説苑・君道趙の簡子、欒激と遊び、将に河に沈まんとして曰く、「吾嘗て声色を好みしに、欒激之を致せり。吾嘗て宮室台榭を好みしに、欒激之を為せり。吾嘗て良馬善御を好みしに、欒激之を求めり。今吾士を好むこと六年、而れども欒激未だ嘗て一人を進めず、是れ吾が過ちを進めて吾が善を黜くるなり」と。
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『淮南子』人間訓陽虎 魯に亂を爲す。魯君 人をして城門を閉じて之を捕えしめ、得たる者は重賞有り、失う者は重罪有りとす。圍むこと三匝にして、陽虎 將に劍を舉げて頤を伯かんとす。門者 之を止めて曰く「天下 之を探れば窮まらず。我 將に子を出ださんとす」と。陽虎 因りて圍に赴きて逐い、劍を揚げ戈を提げて走る。門者 之を出だすに、顧みて反って其の之を出だす者を取り、戈を以て之を推し、袪を攘りて腋に薄る。之を出だす者 之を怨みて曰く「我 故らに子と反するに非ず。之が爲に死を蒙り罪を被るに、乃ち反って我を傷つく。宜なるかな、其の此の難有るや」と。魯君 陽虎の失せしを聞き、大いに怒り、出でし所の門を問い、有司をして之を拘えしめ、傷つけられたる者を以て大賞を受けしめ、傷つけられざる者は重罪を被らしむ。此れ所謂 之を害して反って利する者なり。
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孔子家語・辯物陽虎既に斉に奔り、斉より晋に奔りて、趙氏に適く。孔子之れを聞き、子路に謂いて曰わく、「趙氏其れ世々乱有らんか。」子路曰わく、「権焉に在らざれば、豈に乱を為さざらんや。」孔子曰わく、「汝の知る所に非ず。夫れ陽虎は富に親しみて仁に親しまず、季孫に寵有り、又た将に之れを殺さんとするも、克たずして奔る。斉に容を求むるも、斉人之れを囚え、乃ち亡げて、晋に帰す。是れ斉魯二国、已に其の疾を去れり。趙簡子は利を好みて信多し、必ず其の説に溺れて其の謀に従わん。禍敗の終わる所、一世にして知る可きに非ざるなり。」
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『韓非子』外儲說左下第三十三夫れ橘柚を樹うる者は、之を食えば則ち甘く、之を嗅げば則ち香し。枳棘を樹うる者は、成れば而ち人を刺す。故に君子は樹つる所を慎む。