淮南子 / 人間訓
陽虎為亂於魯,魯君令人閉城門而捕之,得者有重賞,失者有重罪。圍三匝,而陽虎將舉劍而伯頤。門者止之曰:「天下探之不窮,我將出子。」陽虎因赴圍而逐,揚劍提戈而走。門者出之,顧反取其出之者,以戈推之,攘袪薄腋。出之者怨之曰:「我非故與子反也,為之蒙死被罪,而乃反傷我。宜矣其有此難也!」魯君聞陽虎失,大怒,問所出之門,使有司拘之,以為傷者受大賞,而不傷者被重罪。此所謂害之而反利者也。
新字:陽虎為乱於魯,魯君令人閉城門而捕之,得者有重賞,失者有重罪。囲三匝,而陽虎将舉剣而伯頤。門者止之曰:「天下探之不窮,我将出子。」陽虎因赴囲而逐,揚剣提戈而走。門者出之,顧反取其出之者,以戈推之,攘袪薄腋。出之者怨之曰:「我非故与子反也,為之蒙死被罪,而乃反傷我。宜矣其有此難也!」魯君聞陽虎失,大怒,問所出之門,使有司拘之,以為傷者受大賞,而不傷者被重罪。此所謂害之而反利者也。
書き下し
陽虎 魯に亂を爲す。魯君 人をして城門を閉じて之を捕えしめ、得たる者は重賞有り、失う者は重罪有りとす。圍むこと三匝にして、陽虎 將に劍を舉げて頤を伯かんとす。門者 之を止めて曰く「天下 之を探れば窮まらず。我 將に子を出ださんとす」と。陽虎 因りて圍に赴きて逐い、劍を揚げ戈を提げて走る。門者 之を出だすに、顧みて反って其の之を出だす者を取り、戈を以て之を推し、袪を攘りて腋に薄る。之を出だす者 之を怨みて曰く「我 故らに子と反するに非ず。之が爲に死を蒙り罪を被るに、乃ち反って我を傷つく。宜なるかな、其の此の難有るや」と。魯君 陽虎の失せしを聞き、大いに怒り、出でし所の門を問い、有司をして之を拘えしめ、傷つけられたる者を以て大賞を受けしめ、傷つけられざる者は重罪を被らしむ。此れ所謂 之を害して反って利する者なり。
現代語訳
陽虎が魯で乱を起こした。魯の君は人をやって城門を閉じ、これを捕らえさせ、捕らえた者には重い賞を、取り逃がした者には重い罪を科すとした。三重に囲まれて、陽虎は剣を上げて自ら首をはねようとした。門番がこれを止めて言った。「天下は広く、探しても尽きません。私があなたを外へ出しましょう」。陽虎は囲みに向かって追い散らし、剣を振り上げ戈を提げて走った。門番が外へ出してやると、陽虎は振り返り、逃がしてくれたその者を捕らえ、戈で突き、袖を裂いて脇に迫った。逃がした者は恨んで言った。「私はわざとあなたに背いたのではない。あなたのために死を覚悟し罪をかぶったのに、かえって私を傷つけるとは。もっともなことだ、あなたがこんな難に遭うのは」。魯の君は陽虎を取り逃がしたと聞いて大いに怒り、どの門から出たかを尋ね、役人に門番を捕らえさせた。そして傷を負った者には大きな賞を与え、傷を負わなかった者には重い罪を科した。これがいわゆる「害してかえって利する」である。
解説
この章句が説くこと
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