説苑 / 貴德
武王克殷,召太公而問曰:「將奈其士眾何?」太公對曰:「臣聞愛其人者,兼屋上之烏;憎其人者,惡其餘胥;咸劉厥敵,使靡有餘,何如?」王曰:「不可。」太公出,邵公入,王曰:「為之奈何?」邵公對曰:「有罪者殺之,無罪者活之,何如?」王曰:「不可。」邵公出,周公入,王曰:「為之奈何?」周公曰:「使各居其宅,田其田,無變舊新,唯仁是親,百姓有過,在予一人!」武王曰:「廣大乎,平天下矣。凡所以貴士君子者,以其仁而有德也!」
新字:武王克殷,召太公而問曰:「将奈其士衆何?」太公対曰:「臣聞愛其人者,兼屋上之烏;憎其人者,悪其余胥;咸劉厥敵,使靡有余,何如?」王曰:「不可。」太公出,邵公入,王曰:「為之奈何?」邵公対曰:「有罪者殺之,無罪者活之,何如?」王曰:「不可。」邵公出,周公入,王曰:「為之奈何?」周公曰:「使各居其宅,田其田,無変旧新,唯仁是親,百姓有過,在予一人!」武王曰:「広大乎,平天下矣。凡所以貴士君子者,以其仁而有徳也!」
書き下し
武王殷に克ち、太公を召して問ひて曰く、「将に其の士衆を奈何にせんとするか」と。太公対へて曰く、「臣聞く、其の人を愛する者は屋上の烏をも兼ね、其の人を憎む者は其の余胥をも悪む、と。厥の敵を咸く劉し、余す有ら靡からしめんこと、何如」と。王曰く、「不可なり」と。太公出でて邵公入る。王曰く、「之を奈何にせんか」と。邵公対へて曰く、「罪有る者は之を殺し、罪無き者は之を活かさん、何如」と。王曰く、「不可なり」と。邵公出でて周公入る。王曰く、「之を奈何にせんか」と。周公曰く、「各々其の宅に居らしめ、其の田を田せしめ、旧新を変ずる無く、唯だ仁のみ是れ親しめ、百姓過ち有らば、予一人に在らん」と。武王曰く、「広大なるかな、天下を平らぐるや。凡そ士君子を貴ぶ所以の者は、其の仁にして徳有るを以てなり」と。
現代語訳
武王が殷を滅ぼしたのち、太公望を呼んで尋ねた、「これからその民をどう扱えばよいか」と。太公望は答えた、「私が聞くところでは、ある人を愛せばその屋根に止まる烏まで愛おしくなり、ある人を憎めばその従者までも憎らしくなるといいます。敵をことごとく討ち取り、一人も残さぬのが良いでしょう」と。王は「それはいけない」と言った。太公望が退き、邵公が入ってきた。王は「どうすればよいか」と尋ねた。邵公は答えた、「罪ある者は殺し、罪なき者は生かしましょう」と。王は「それもいけない」と言った。邵公が退き、周公が入ってきた。王は「どうすればよいか」と尋ねた。周公は言った、「それぞれを元の家に住まわせ、元の田を耕させ、新旧の区別なく、ただ仁の心のある者だけを親しく用い、もし民に過ちがあれば、それは私一人の責任としましょう」と。武王は言った、「なんと広大なことか、これでこそ天下を平定できる。そもそも士君子が尊ばれるのは、その仁と徳のゆえなのだ」と。
解説

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論語・泰伯篇子曰く、恭にして礼無ければ則ち労す。慎にして礼無ければ則ち葸る。勇にして礼無ければ則ち乱る。直にして礼無ければ則ち絞す。君子親に篤ければ、則ち民仁に興る。故旧遺れざれば、則ち民偸からず。
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孟子・萬章章句上萬章曰く、「堯は天下を以て舜に與う、と、諸れ有りや。」孟子曰く、「否。天子は天下を以て人に與うること能わず。」「然らば則ち舜の天下を有つや、孰か之を與えたる。」曰く、「天、之を與う。」「天の之を與うるは、諄(ジュン)諄然として之を命ずるか。」曰く、「否。天言わず。行いと事とを以て、之を示すのみ。」曰く、「行いと事とを以て、之を示すとは、之を如何。」曰く、「天子は能く人を天に薦むれども、天をして之に天下を與えしむること能わず。諸侯は能く人を天子薦むれども、天子をして之を諸侯を與えしむること能わず。大夫は能く人を諸侯に薦むれども、諸侯をして之に大夫を與えしむること能わず。昔者、堯、舜を天に薦めて、天、之を受く。之を民に暴わして、民之を受く。故に曰く、天、言わず、行いと事とを以て之を示すのみ、と。」曰く、「敢て問う、之を天に薦めて、天之を受け、之を民に暴わして、民之を受くとは、如何。」曰く、「之をして祭を主らしめて、百神之を享く。是れ天之を受くるなり。之をして事を主らしめて、事治まり、百姓之に安んず。是れ民之を受くるなり。天之を與え、人之を與う。故に曰く、天子は天下を以て人に與うること能わず、と。舜は堯に相たること二十有八載。人の能く為す所に非ざるなり。天なり。堯崩じ、三年の喪畢りて、舜、堯の子を南河の南に避く。天下の諸侯の朝覲する者、堯の子に之かずして、舜に之く。訟獄する者、堯の子に之かずして、舜に之く。謳歌する者、堯の子を謳歌せずして、舜を謳歌す。故に曰く、天なり、と。夫れ然る後、中國に之き、天子の位を踐めり。而し堯の宮に居り、堯の子に逼らば、是れ篡うなり。天の與うるに非ざるなり。泰誓に曰く、『天の視るは我が民に自りて視、天の聽くは我が民に自りての聽く。』此を之れ謂うなり。」