説苑 / 立節
楚莊王獵於雲夢,射科雉得之,申公子倍攻而奪之,王將殺之,大夫諫曰:「子倍自好也,爭王雉必有說,王姑察之。」不出三月,子倍病而死。邲之戰,楚大勝晉,歸而賞功,申公子倍之弟請賞於王曰:「人之有功也,賞於車下。」王曰:「奚謂也?」對曰:「臣之兄讀故記曰:射科雉者不出三月必死,臣之兄爭而得之,故夭死也。」王命發乎府而視之,於記果有焉,乃厚賞之。
新字:楚荘王猟於雲夢,射科雉得之,申公子倍攻而奪之,王将殺之,大夫諫曰:「子倍自好也,争王雉必有説,王姑察之。」不出三月,子倍病而死。邲之戦,楚大勝晉,帰而賞功,申公子倍之弟請賞於王曰:「人之有功也,賞於車下。」王曰:「奚謂也?」対曰:「臣之兄読故記曰:射科雉者不出三月必死,臣之兄争而得之,故夭死也。」王命発乎府而視之,於記果有焉,乃厚賞之。
書き下し
楚の荘王雲夢に猟す。科雉を射て之を得たり。申公子倍攻めて之を奪う。王将に之を殺さんとす。大夫諫めて曰わく、「子倍自ら好むなり、王の雉を争うに必ず説有らん、王姑く之を察せよ」と。三月を出でずして、子倍病みて死す。邲の戦い、楚大いに晋に勝つ。帰りて功を賞するに、申公子倍の弟王に賞を請いて曰わく、「人の功有るや、車下に賞せらる」と。王曰わく、「奚をか謂うや」と。対えて曰わく、「臣の兄故記を読みて曰わく、科雉を射る者は三月を出でずして必ず死すと。臣の兄争いて之を得たり、故に夭死せり」と。王命じて府より発きて之を視るに、記に果たして焉れ有り。乃ち厚く之を賞す。
現代語訳
楚の荘王が雲夢の沢で狩りをした。珍しい雉を射てこれを得た。ところが申公子倍がそれを奪い取った。王はこれを殺そうとした。大夫が諫めて「子倍にはきっと自分なりの理由があります。王の雉を争って奪うには必ず訳があるはずです、王よしばらくお調べください」と言った。三か月も経たないうちに、子倍は病にかかって死んだ。その後、邲の戦いで楚は晋に大勝した。帰国して功績を賞した際、申公子倍の弟が王に恩賞を願い出て「人に功績があれば、車の下(戦場の実務の中)でこそ賞せられるべきです」と言った。王が「どういう意味か」と尋ねると、弟は答えた。「私の兄はかつて古い記録を読んで、『珍しい雉を射た者は三か月を経ずして必ず死ぬ』とありました。私の兄はそれを知りながらあえて王と争ってこれを奪い取ったのです。だから若くして死んだのです」と。王が命じて宮中の文庫からその記録を取り出させて確認すると、果たしてその記述があった。そこで王は手厚く子倍を(その功に報いて)賞した。
解説
この章句が説くこと
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葉隠・聞書第一敵を討ち取りたるよりは、主の為に死にたるが手柄なり。継信(つぐのぶ)が忠義に知られたり。
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葉隠・聞書第二悪事は我が身にかぶり、上(かみ)の批判は申し出でぬと覚悟せよ。御位牌(ごいはい)釈迦堂より御移しなされ候を、何某(なにがし)見附け候て、申し達すべきやと、相談申され候に付て、「尤もの事に候。斯様(かよう)の儀は御無用に候。然れども仰せ達せらるる儀は御存じ寄り候人、今時、御手前ならではこれなき事に候。斯様の儀は御存じ寄り候て、申し達すべきやと、相談申され、御手前御外聞(ごがいぶん)よくなり申す事に候。若し相済まざる時は、いよいよ宜しからざる儀と取沙汰仕り、御手前御外聞ばかりよく候。悪事は我が身にかぶり申すこそ当介(とうかい)にて候。今の如くして先づ召し置かれ候時は、誰ぞ気の附き申す者もこれなく、何の沙汰もなく相済み申す事に候。さ候て、何時ぞ、時節次第沙汰なしに、元の如く御直り候様に致す様これあるべく候。」と申し候て、差し留め置き申し候。斯様の事にて、上の御不調法、世間に知れ申す事これある儀に候。心を附け罷り在り候へば、しかと、よき時節がふり来るものに候。大方、悪事は内輪から言い崩すもの、親子兄弟入魂(じっこん)の間などは格別と存じ、隠密沙汰なしなどと申し候て話し候へば、やがてひろがり、後に自国他国日本国に洩れ聞え申す事、間もなきものに候。又下人あたり其の外、内証(ないしょう)にて仕方悪しき人は、やがて世上に悪名唱え申し候。内輪ほど慎み申すべき事なり。