説苑 / 立節
楚伐陳,陳西門燔,因使其降民修之,孔子過之,不軾,子路曰:「禮過三人則下車,過二人則軾;今陳修門者人數眾矣,夫子何為不軾?」孔子曰:「丘聞之,國亡而不知,不智;知而不爭,不忠;忠而不死,不廉;今陳修門者不行一於此,丘故不為軾也。」
新字:楚伐陳,陳西門燔,因使其降民修之,孔子過之,不軾,子路曰:「礼過三人則下車,過二人則軾;今陳修門者人数眾矣,夫子何為不軾?」孔子曰:「丘聞之,国亡而不知,不智;知而不争,不忠;忠而不死,不廉;今陳修門者不行一於此,丘故不為軾也。」
書き下し
楚陳を伐ち、陳の西門燔く。因りて其の降民をして之を修めしむ。孔子之を過ぎて、軾せず。子路曰わく、「礼三人を過ぐれば則ち下車し、二人を過ぐれば則ち軾す。今陳の門を修むる者人数衆し、夫子何為れぞ軾せざる」と。孔子曰わく、「丘之を聞く、国亡びて知らざるは、不智なり。知りて争わざるは、不忠なり。忠にして死せざるは、不廉なり。今陳の門を修むる者此に一を行わず、丘故に軾せざるなり」と。
現代語訳
楚が陳を攻め、陳の西門が焼け落ちた。そこで降伏した民に命じてこれを修理させた。孔子がそこを通りかかったが、車上で会釈をしなかった。子路が「礼では三人以上を通り過ぎる時は車を下り、二人を通り過ぎる時は会釈をするものです。今、陳の門を修理している者はこれほど大勢いるのに、先生はなぜ会釈をされないのですか」と尋ねた。孔子は言った。「私はこう聞いている。国が滅びようとしているのに気づかないのは智恵がないということだ。気づいていながら諫争しないのは忠実でないということだ。忠実でありながら死をも辞さないほどの覚悟がないのは清廉でないということだ。今、陳の門を修理しているこの人々は、そのどれ一つとして行っていない。だから私は会釈をしないのだ」と。
解説
敗戦国の民が黙々と復興作業に従事する姿は一見礼儀を尽くすに値するように見えるが、孔子はそこに智・忠・廉のいずれも欠けていると厳しく断じる。国の滅亡という重大事に気づかず、気づいても諫めず、諫めても命を懸けなかった者たちへの敬意は、単なる労働への敬意とは別問題だという区別は鋭い。現代の組織においても、危機に気づかず、気づいても声を上げず、声を上げても中途半端に妥協する姿勢は、たとえ表面的に勤勉であっても本質的な評価には値しないという厳しい基準を、この逸話は突きつけている。
この章句が説くこと
智忠廉覚悟孔子
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