説苑 / 建本
楚恭王多寵子,而世子之位不定。屈建曰:「楚必多亂。夫一兔走於街,萬人追之;一人得之,萬人不復走。分未定,則一兔走,使萬人擾;分已定,則雖貪夫知止。今楚多寵子而嫡位無主,亂自是生矣。夫世子者,國之基也,而百姓之望也;國既無基,又使百姓失望,絕其本矣。本絕則撓亂,猶兔走也。」恭王聞之,立康王為太子,其後猶有令尹圍,公子棄疾之亂也。
新字:楚恭王多寵子,而世子之位不定。屈建曰:「楚必多乱。夫一兔走於街,万人追之;一人得之,万人不復走。分未定,則一兔走,使万人擾;分已定,則雖貪夫知止。今楚多寵子而嫡位無主,乱自是生矣。夫世子者,国之基也,而百姓之望也;国既無基,又使百姓失望,絶其本矣。本絶則撓乱,猶兔走也。」恭王聞之,立康王為太子,其後猶有令尹囲,公子棄疾之乱也。
書き下し
楚の恭王寵子多くして、世子の位定まらず。屈建曰わく、「楚必ず乱多からん。夫れ一兎街を走れば、万人之を追う。一人之を得れば、万人復た走らず。分未だ定まらざれば、則ち一兎走りて、万人をして擾さしむ。分已に定まれば、則ち貪夫と雖も止まるを知る。今楚寵子多くして嫡位主無ければ、乱是に生ぜん。夫れ世子なる者は、国の基なり、百姓の望みなり。国既に基無く、又百姓をして望みを失わしむれば、其の本を絶つなり。本絶つれば則ち撓乱す、猶お兎の走るがごとし」と。恭王之を聞き、康王を立てて太子と為す。其の後猶お令尹囲、公子棄疾の乱有り。
現代語訳
楚の恭王には寵愛する子が多く、世継ぎの地位が定まらなかった。屈建は言った。「楚は必ず乱れが多くなるでしょう。そもそも一匹の兎が街を走れば、万人がこれを追いかけます。誰か一人がそれを捕まえれば、他の万人はもう追いかけません。しかし所有が定まっていなければ、一匹の兎が走るだけで万人が争い騒ぎます。所有が既に定まっていれば、貪欲な者でさえ諦めて止まることを知ります。今、楚には寵愛される子が多く、嫡子の地位に定まった主がいなければ、ここから乱が生じるでしょう。そもそも世継ぎというものは国家の基礎であり、百姓の望みです。国に既に基礎がなく、しかも百姓に望みを失わせれば、それは国の根本を絶つことになります。根本が絶たれれば国は乱れ撓みます、それはまさに兎が走り出すのと同じことです」と。恭王はこれを聞き、康王を立てて太子とした。しかしその後もなお令尹囲や公子棄疾による乱が起きた。
解説
この章句が説くこと
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