説苑 / 建本
寧越,中牟鄙人也,苦耕之勞,謂其友曰:「何為而可以免此苦也?」友曰:「莫如學,學二十年則可以達矣。」寧越曰:「請十五歲,人將休,吾將不休;人將臥,吾不敢臥。」十五歲學而周威公師之。夫走者之速也,而過二里止;步者之遲也,而百里不止。今寧越之材而久不止,其為諸侯師,豈不宜哉!
新字:寧越,中牟鄙人也,苦耕之労,謂其友曰:「何為而可以免此苦也?」友曰:「莫如学,学二十年則可以達矣。」寧越曰:「請十五歲,人将休,吾将不休;人将臥,吾不敢臥。」十五歲学而周威公師之。夫走者之速也,而過二里止;歩者之遅也,而百里不止。今寧越之材而久不止,其為諸侯師,豈不宜哉!
書き下し
寧越は、中牟の鄙人なり。耕すの労を苦しみ、其の友に謂いて曰わく、「何を為さば此の苦を免るる可きか」と。友曰わく、「学ぶに如くは莫し、学ぶこと二十年なれば則ち以て達す可し」と。寧越曰わく、「請う十五歳にせん、人将に休まんとするも吾将に休まざらん、人将に臥せんとするも吾敢えて臥せず」と。十五歳学びて周の威公之を師とす。夫れ走る者の速やかなるや、二里を過ぎて止む。歩む者の遅きや、百里にして止まず。今寧越の材にして久しく止まざれば、其の諸侯の師と為る、豈に宜しからざらんや。
現代語訳
寧越は、中牟の田舎者であった。耕作の苦労に堪えかね、友人に「どうすればこの苦しみから逃れられるだろうか」と尋ねた。友人は「学ぶことに勝るものはない。二十年学べば通達できるだろう」と答えた。寧越は言った。「では十五年でやってみせよう。人が休む時も私は休まず、人が寝る時も私はあえて寝ないようにする」と。十五年学び続け、周の威公がついに彼を師と仰いだ。そもそも速く走る者は二里も行けば止まってしまうが、遅く歩む者は百里行っても止まらない。今、寧越ほどの資質を持ちながら長く歩み続けたのだから、彼が諸侯の師となったのも当然ではないか。
解説
俊足の走者が短距離で息切れするのに対し、歩みの遅い者が百里を歩き通すという対比は、才能の瞬発力よりも継続する意志の力を称える寓話として鮮やかである。人並みの休息や睡眠すら惜しんで学び続けた寧越の十五年は、二十年かかると言われた道を五年短縮した実例であり、「不休」という一点に懸けた集中の凄みを物語る。現代の学び直しやキャリアチェンジにおいても、才覚の有無を嘆く前に、休まず歩み続けるという単純な原理がどれほどの距離を稼げるかを、この章は具体的な数字とともに示している。
この章句が説くこと
継続学問立身
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