説苑 / 建本
孔子曰:可以與人終日而不倦者,其惟學乎!其身體不足觀也,其勇力不足憚也,其先祖不足稱也,其族姓不足道也;然而可以聞四方而昭於諸侯者,其惟學乎!詩曰:「不僭不亡,率由舊章」,夫學之謂也。
新字:孔子曰:可以与人終日而不倦者,其惟学乎!其身体不足観也,其勇力不足憚也,其先祖不足称也,其族姓不足道也;然而可以聞四方而昭於諸侯者,其惟学乎!詩曰:「不僭不亡,率由旧章」,夫学之謂也。
書き下し
孔子曰わく、人と終日にして倦まざる可き者は、其れ惟だ学か。其の身体観るに足らず、其の勇力憚るに足らず、其の先祖称するに足らず、其の族姓道うに足らず。然れども以て四方に聞こえ諸侯に昭らかなる可き者は、其れ惟だ学か。詩に曰わく、「僭たがわず亡びず、率いて旧章に由る」と。夫れ学の謂いなり。
現代語訳
孔子は言った。人と一日中付き合っても飽きられないものといえば、それは学問だけであろう。その体格は特に見るべきものではなく、その勇気や力も恐れるに足らず、その先祖も誇るに足らず、その一族の家柄も語るに足らない者であっても、四方にその名が知られ諸侯にも明らかにその名が知られるようになるのは、ただ学問によってである。詩経に「食い違わず滅びず、昔からの規範に従う」とあるのは、まさに学問のことを言うのである。
解説
生まれ持った体格・勇力・家柄という、本人にはどうにもならない条件を並べた上で、それらが無くとも唯一「学」だけは後天的に人を四方に知らしめる力を持つと説く点に、この章の力強さがある。門地や生まれつきの資質で人の可能性が決まってしまうように見える社会にあって、学問だけは誰にでも開かれた自己変革の道であるという主張は、機会の平等を求める現代の価値観とも通じる。持って生まれたものを嘆く前に、学び続けることでしか届かない場所があるという事実を思い出させてくれる。
この章句が説くこと
学問自己変革機会
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