説苑 / 建本
伯俞有過,其母笞之泣,其母曰:「他日笞子未嘗見泣,今泣何也?」對曰:「他日俞得罪笞嘗痛,今母力不能使痛,是以泣。」故曰父母怒之,不作於意,不見於色,深受其罪,使可哀憐,上也;父母怒之,不作於意,不見其色,其次也;父母怒之,作於意,見於色,下也。
新字:伯俞有過,其母笞之泣,其母曰:「他日笞子未嘗見泣,今泣何也?」対曰:「他日俞得罪笞嘗痛,今母力不能使痛,是以泣。」故曰父母怒之,不作於意,不見於色,深受其罪,使可哀憐,上也;父母怒之,不作於意,不見其色,其次也;父母怒之,作於意,見於色,下也。
書き下し
伯俞過ち有り。其の母之を笞ちて泣く。其の母曰わく、「他日子を笞つに未だ嘗て泣くを見ず、今泣くは何ぞや」と。対えて曰わく、「他日俞罪を得て笞たるるに嘗て痛みたり。今母力痛ましむる能わず、是を以て泣く」と。故に曰わく、父母之を怒るに、意に作さず色に見わさず、深く其の罪を受けて哀憐す可からしむるは上なり。父母之を怒るに、意に作さず色に見わさざるは其の次なり。父母之を怒るに、意に作し色に見わすは下なり、と。
現代語訳
伯俞が過ちを犯した。母がこれを鞭で打つと、伯俞は泣いた。母は「以前お前を打った時は泣いたことがなかったのに、今日泣くのはどうしてか」と尋ねた。伯俞は答えた。「以前私が罪を犯して打たれた時は痛みを感じました。今日は母上の力が弱く、痛みを感じさせることができません。それで悲しくて泣いたのです」。だから言う。父母が怒った時、心に逆らわず顔色にも出さず、深くその罰を受け入れ、相手に哀れみの心を起こさせるほどであるのが最上である。父母が怒った時、心に逆らわず顔色にも出さないのがその次である。父母が怒った時、心の中で逆らい顔色にも出してしまうのは下である。
解説
伯俞が泣いたのは打たれた痛みのためではなく、母の衰えを痛みの弱さから感じ取ったためであった。この逸話が示す孝は、単に叱責を甘んじて受けることではなく、相手の変化――特に老いや衰えという不可逆な喪失――に敏感であり続ける感受性そのものにある。現代においても、親や年長者の小さな衰えのサインに気づき、それを悲しみとして受け止められるかどうかは、日々の忙しさの中で失われがちな感受性である。叱られることへの反応の質を三段階に分けるこの章の分類は、感情の制御以上に相手への配慮の深さを測る尺度として読むことができる。
この章句が説くこと
孝衰え感受性
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