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説苑 / 建本

孔子曰:行身有六本,本立焉,然後為君子立體有義矣,而孝為本;處喪有禮矣,而哀為本;戰陣有隊矣,而勇為本;政治有理矣,而能為本;居國有禮矣,而嗣為本;生才有時矣,而力為本。置本不固,無務豐末;親戚不悅,無務外交;事無終始,無務多業;聞記不言,無務多談;比近不說,無務修遠。是以反本修邇,君子之道也。天之所生,地之所養,莫貴乎人人之道,莫大乎父子之親,君臣之義;父道聖,子道仁,君道義,臣道忠。賢父之於子也,慈惠以生之,教誨以成之,養其誼,藏其偽,時其節,慎其施;子年七歲以上,父為之擇明師,選良友,勿使見惡,少漸之以善,使之早化。故賢子之事親,發言陳辭,應對不悖乎耳;趣走進退,容貌不悖乎目;卑體賤身,不悖乎心。君子之事親以積德,子者親之本也,無所推而不從命,推而不從命者,惟害親者也,故親之所安子皆供之。賢臣之事君也,受官之日,以主為父,以國為家,以士人為兄弟;故苟有可以安國家,利人民者不避其難,不憚其勞,以成其義;故其君亦有助之以遂其德。夫君臣之與百姓,轉相為本,如循環無端,夫子亦云,人之行莫大於孝;孝行成於內而嘉號佈於外,是謂建之於本而榮華自茂矣。君以臣為本,臣以君為本;父以子為本,子以父為本,棄其本,榮華槁矣。

新字:孔子曰:行身有六本,本立焉,然後為君子立体有義矣,而孝為本;処喪有礼矣,而哀為本;戦陣有隊矣,而勇為本;政治有理矣,而能為本;居国有礼矣,而嗣為本;生才有時矣,而力為本。置本不固,無務豊末;親戚不悅,無務外交;事無終始,無務多業;聞記不言,無務多談;比近不説,無務修遠。是以反本修邇,君子之道也。天之所生,地之所養,莫貴乎人人之道,莫大乎父子之親,君臣之義;父道聖,子道仁,君道義,臣道忠。賢父之於子也,慈恵以生之,教誨以成之,養其誼,蔵其偽,時其節,慎其施;子年七歲以上,父為之択明師,選良友,勿使見悪,少漸之以善,使之早化。故賢子之事親,発言陳辞,応対不悖乎耳;趣走進退,容貌不悖乎目;卑体賤身,不悖乎心。君子之事親以積徳,子者親之本也,無所推而不従命,推而不従命者,惟害親者也,故親之所安子皆供之。賢臣之事君也,受官之日,以主為父,以国為家,以士人為兄弟;故苟有可以安国家,利人民者不避其難,不憚其労,以成其義;故其君亦有助之以遂其徳。夫君臣之与百姓,転相為本,如循環無端,夫子亦云,人之行莫大於孝;孝行成於內而嘉号佈於外,是謂建之於本而栄華自茂矣。君以臣為本,臣以君為本;父以子為本,子以父為本,棄其本,栄華槁矣。

書き下し

孔子曰わく、身を行うに六本有り。本立ちて、然る後君子と為る。体に義有りて、孝を本と為す。喪に処するに礼有りて、哀を本と為す。戦陣に隊有りて、勇を本と為す。政治に理有りて、能を本と為す。国に居るに礼有りて、嗣を本と為す。財を生ずるに時有りて、力を本と為す。本を置くこと固からずんば、末を豊かにするを務むる無かれ。親戚悦ばずんば、外交を務むる無かれ。事に終始無くんば、業を多くするを務むる無かれ。聞くこと記して言わずんば、談を多くするを務むる無かれ。比近説ばずんば、遠きを修むるを務むる無かれ。是を以て本に反り邇きを修むるは、君子の道なり。天の生ずる所、地の養う所、人の道より貴きは莫く、父子の親、君臣の義より大なるは莫し。父の道は聖、子の道は仁、君の道は義、臣の道は忠なり。賢父の子に於けるや、慈恵以て之を生じ、教誨以て之を成し、其の誼を養い、其の偽を蔵し、其の節を時にし、其の施しを慎む。子七歳以上たれば、父之が為に明師を択び、良友を選び、悪を見しめず、少くして之を善に漸ませ、之をして早く化せしむ。故に賢子の親に事うるや、言を発し辞を陳ぶるに、応対耳に悖らず。趣走進退、容貌目に悖らず。卑体賤身、心に悖らず。君子の親に事うるは以て徳を積む。子は親の本なり。推して命に従わざる所無し。推して命に従わざる者は、惟だ親を害する者のみなり。故に親の安んずる所を子皆之に供す。賢臣の君に事うるや、官を受くるの日、主を以て父と為し、国を以て家と為し、士人を以て兄弟と為す。故に苟くも以て国家を安んじ人民を利する可くんば其の難を避けず、其の労を憚らず、以て其の義を成す。故に其の君も亦之を助けて以て其の徳を遂げしむる有り。夫れ君臣の百姓に与うるは、転た相い本と為り、循環端無きが如し。夫子も亦云う、人の行い孝より大なるは莫しと。孝行内に成りて嘉号外に佈れ、是を建之於本にして栄華自ら茂ると謂う。君は臣を以て本と為し、臣は君を以て本と為す。父は子を以て本と為し、子は父を以て本と為す。其の本を棄つれば栄華槁る。

現代語訳

孔子は言った。人として身を処するには六つの根本がある。根本が立って初めて君子となる。体をなすには義があるが孝がその根本、喪に服するには礼があるが哀しみがその根本、戦陣には隊列があるが勇気がその根本、政治には道理があるが能力がその根本、国に居るには礼があるが後継者がその根本、財を生むには時機があるが力がその根本である。根本が固まっていないのに末端を豊かにしようと務めてはならない。親族が喜んでいないのに外交を広げようと務めてはならない。物事に筋道が無いのに事業を多くしようと務めてはならない。聞いたことを語れないのに多くを論じようと務めてはならない。身近な者が喜んでいないのに遠方への影響を修めようと務めてはならない。だから根本に立ち返り身近なことを修めるのが君子の道である。天が生み地が養うもので人の道より貴いものはなく、父子の親愛と君臣の義より大きなものはない。父の道は聖、子の道は仁、君の道は義、臣の道は忠である。賢い父が子に対しては、慈しみをもって育て、教え諭して完成させ、その良き心を養い、偽りを覆い隠し、節度を時宜にかなわせ、施しを慎重にする。子が七歳を過ぎれば、父は子のために優れた師を選び、良き友を選び、悪しきものを見せず、幼いうちから善に馴染ませ、早く感化させる。だから賢い子が親に仕えるとき、言葉も立ち居振る舞いも耳目に障らず、へりくだる態度も心に反しない。君子が親に仕えるのは、それによって徳を積むためである。子は親にとっての根本である。ただ親に従わない者は、親を害する者だけである。だから親が安んじることは子がすべて用意する。賢い臣が君に仕えるとき、官を受けたその日から、主君を父とし、国を家とし、士人を兄弟とする。だから国家を安んじ人民を利することができるなら、困難を避けず労苦を厭わず義を成し遂げる。だからその君主もまた臣を助けてその徳を遂げさせる。君臣が百姓に対するのも、互いに転じて根本となり、循環して端が無いようなものである。孔子もまた、人の行いで孝より大きなものはないと言った。孝行が内に成れば良き評判が外に広まる。これを「根本に建てて栄華が自ら茂る」というのである。君は臣を根本とし、臣は君を根本とする。父は子を根本とし、子は父を根本とする。その根本を棄てれば、栄華は枯れてしまう。

解説

孝・哀・勇・能・嗣・力という六つの「本」を軸に、個人の生き方から国家の統治まで貫く原理を説くこの章は、根本を粗末にしたまま枝葉を伸ばそうとする危うさを繰り返し戒める。特に「親戚不悅、無務外交」――身内が心服していないのに対外的な広がりを求めるなという一句は、社内の信頼を得ないまま外部評価ばかり追う組織や、家庭を顧みずに社会的成功を求める個人への痛烈な警句として今も色褪せない。君臣・父子が互いに互いの「本」であるという循環の思想は、上下関係を一方的な支配ではなく相互の責任として捉え直す視点を与えてくれる。

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