説苑 / 臣術
公叔文子問於史叟曰:「武子勝事趙簡子久矣,其寵不解,奚也?」史叟曰:「武子勝,博聞多能而位賤,君親而近之,致敏以愻,藐而疏之,則恭而無怨色,入與謀國家,出不見其寵,君賜之祿,知足而辭,故能久也。」
新字:公叔文子問於史叟曰:「武子勝事趙簡子久矣,其寵不解,奚也?」史叟曰:「武子勝,博聞多能而位賤,君親而近之,致敏以愻,藐而疏之,則恭而無怨色,入与謀国家,出不見其寵,君賜之禄,知足而辞,故能久也。」
書き下し
公叔文子史叟に問いて曰く、「武子勝趙簡子に事うること久し、其の寵解けざるは奚ぞや」と。史叟曰く、「武子勝、博聞多能にして位賤し。君親しみて之に近づけば、敏を致して以て愻る。藐にして之を疏んずれば、恭にして怨色無し。入りて国家を謀るに与かるも、出でては其の寵を見ず。君之に禄を賜えば、足るを知りて辞す。故に能く久しきなり」と。
現代語訳
公叔文子が史叟に尋ねた。「武子勝は趙簡子に長く仕えているが、その寵愛が衰えないのはなぜか。」史叟は答えた。「武子勝は博識で多才でありながら地位は低い。主君が親しんで近づければ、機敏に応じてへりくだる。逆に疎んじられて遠ざけられれば、恭しくして怨む様子を見せない。内では国家の謀議に参与しても、外に出ればその寵愛の様子を見せない。主君が俸禄を与えれば、満ち足りることを知って辞退する。だから長く続くのである。」
解説
武子勝の処世術は、寵愛されても驕らず、疎んじられても怨まず、内部の重要な議論に関わってもそれを外部に誇示しないという、感情と地位の起伏に流されない一貫した態度にある。特に俸禄を足るを知って辞する姿勢は、得られるものをすべて受け取ろうとする欲を自ら制御する成熟した自己認識を示す。寵愛や評価の浮き沈みに一喜一憂せず、常に控えめな態度を保つ生き方が、結果として長く信頼される秘訣であるという教訓である。
この章句が説くこと
足るを知る謙譲長続きの秘訣
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