説苑 / 臣術
簡子有臣尹綽、赦厥。簡子曰:「厥愛我,諫我必不於眾人中;綽也不愛我,諫我必於眾人中。」尹綽曰:「厥也愛君之丑而不愛君之過也,臣愛君之過而不愛君之丑。」孔子曰:「君子哉!尹綽,面訾不譽也。」
新字:簡子有臣尹綽、赦厥。簡子曰:「厥愛我,諫我必不於眾人中;綽也不愛我,諫我必於眾人中。」尹綽曰:「厥也愛君之丑而不愛君之過也,臣愛君之過而不愛君之丑。」孔子曰:「君子哉!尹綽,面訾不誉也。」
書き下し
簡子に臣尹綽・赦厥有り。簡子曰く、「厥は我を愛して、我を諫むるに必ず衆人の中にせず。綽や我を愛せずして、我を諫むるに必ず衆人の中にす」と。尹綽曰く、「厥や君の丑を愛して君の過ちを愛せず。臣は君の過ちを愛して君の丑を愛せず」と。孔子曰く、「君子なるかな、尹綽、面訾して誉めざるなり」と。
現代語訳
簡子には尹綽と赦厥という臣下がいた。簡子は「厥は私を愛しているので、私を諫めるときは必ず人前を避ける。綽は私を愛していないので、私を諫めるときは必ず大勢の前で行う」と言った。尹綽は言った。「厥は君の体面を愛していて、君の過ちを愛してはいません。私は君の過ちを愛していて、君の体面を愛してはいません。」孔子は言った。「立派なものだ、尹綽は。面と向かって非難し、へつらって誉めることをしない。」
解説
同じ諫言でも、人前を避けて行う配慮と、あえて公の場で行う直言とでは、その動機が全く異なるという鋭い指摘である。前者は君主の体面を守ることを優先し、後者は過ち自体の是正を最優先する。一見前者の方が思いやりがあるようでいて、実は本質的な問題解決を先送りする恐れがあるという逆説は、耳当たりの良い配慮と、本当に相手のためになる直言の違いを見極める必要性を教える。
この章句が説くこと
諫言の作法体面と本質直言
関連する章句
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