説苑 / 臣術
晏子方食,君之使者至,分食而食之,晏子不飽,使者返言之景公,景公曰:「嘻,夫子之家若是其貧也,寡人不知也,是寡人之過也。」令吏致千家之縣一於晏子,晏子再拜而辭,曰:「嬰之家不貧,以君之賜,澤覆三族,延及交遊,以振百姓,君之賜也厚矣,嬰之家不貧也!嬰聞之,厚取之君而厚施之人,代君為君也,忠臣不為也;厚取之君而藏之,是筐筴存也,仁人不為也;厚取之君而無所施之,身死而財遷,智者不為也。嬰也聞為人臣,進不事上以為忠,退不克下以為廉,八升之布,一豆之食,足矣。」使者三返,遂辭不受也。陳成子謂鴟夷子皮曰:「何與常也?」對曰:「君死吾不死,君亡吾不亡。」陳成子曰:「然子何以與常?」對曰:「未死去死,未亡去亡,其有何死亡矣!從命利君謂之順,從命病君謂之諛,逆命利君謂之忠,逆命病君謂之亂,君有過不諫諍,將危國殞社稷也,有能盡言於君,用則留之,不用則去之,謂之諫;用則可生,不用則死,謂之諍;有能比和同力,率群下相與強矯君,君雖不安,不能不聽,遂解國之大患,除國之大害,成於尊君安國謂之輔;有能亢君之命,反君之事,竊君之重以安國之危,除主之辱攻伐足以成國之大利,謂之弼。故諫諍輔弼之人,社稷之臣也,明君之所尊禮,而闇君以為己賊;故明君之所賞,闇君之所殺也。明君好問,闇君好獨,明君上賢使能而享其功;闇君畏賢妒能而減其業,罰其忠,而賞其賊,夫是之謂至闇,桀紂之所以亡也。詩云:『曾是莫聽,大命以傾』,此之謂也。」
新字:晏子方食,君之使者至,分食而食之,晏子不飽,使者返言之景公,景公曰:「嘻,夫子之家若是其貧也,寡人不知也,是寡人之過也。」令吏致千家之県一於晏子,晏子再拝而辞,曰:「嬰之家不貧,以君之賜,沢覆三族,延及交遊,以振百姓,君之賜也厚矣,嬰之家不貧也!嬰聞之,厚取之君而厚施之人,代君為君也,忠臣不為也;厚取之君而蔵之,是筐筴存也,仁人不為也;厚取之君而無所施之,身死而財遷,智者不為也。嬰也聞為人臣,進不事上以為忠,退不克下以為廉,八升之布,一豆之食,足矣。」使者三返,遂辞不受也。陳成子謂鴟夷子皮曰:「何与常也?」対曰:「君死吾不死,君亡吾不亡。」陳成子曰:「然子何以与常?」対曰:「未死去死,未亡去亡,其有何死亡矣!従命利君謂之順,従命病君謂之諛,逆命利君謂之忠,逆命病君謂之乱,君有過不諫諍,将危国殞社稷也,有能尽言於君,用則留之,不用則去之,謂之諫;用則可生,不用則死,謂之諍;有能比和同力,率群下相与強矯君,君雖不安,不能不聴,遂解国之大患,除国之大害,成於尊君安国謂之輔;有能亢君之命,反君之事,窃君之重以安国之危,除主之辱攻伐足以成国之大利,謂之弼。故諫諍輔弼之人,社稷之臣也,明君之所尊礼,而闇君以為己賊;故明君之所賞,闇君之所殺也。明君好問,闇君好独,明君上賢使能而享其功;闇君畏賢妬能而減其業,罰其忠,而賞其賊,夫是之謂至闇,桀紂之所以亡也。詩云:『曽是莫聴,大命以傾』,此之謂也。」
書き下し
晏子方に食す、君の使者至る、食を分かちて之を食わしむ、晏子飽かず。使者返りて之を景公に言う。景公曰く、「嘻、夫子の家是くの若く其れ貧しきか、寡人知らざるなり、是れ寡人の過ちなり」と。吏をして千家の県一を晏子に致さしむ。晏子再拝して辞して曰く、「嬰の家貧しからず、君の賜を以て、沢三族に覆い、延いて交遊に及び、以て百姓を振う、君の賜厚し、嬰の家貧しからざるなり。嬰聞く、厚く之を君に取りて厚く之を人に施すは、君に代わりて君と為すなり、忠臣為さざるなり。厚く之を君に取りて之を蔵するは、是れ筐筴の存するなり、仁人為さざるなり。厚く之を君に取りて之を施す所無きは、身死して財遷る、智者為さざるなり。嬰聞く、人臣為るは、進みて上に事うるに忠を以てせず、退きて下に克たざるを以て廉と為す、八升の布、一豆の食、足れり」と。使者三たび返り、遂に辞して受けず。陳成子鴟夷子皮に謂いて曰く、「常に何を与にせん」と。対えて曰く、「君死せば吾死せず、君亡ぶれば吾亡びず」と。陳成子曰く、「然らば子何を以て常に与にせん」と。対えて曰く、「未だ死せずして死を去り、未だ亡びずして亡を去る、其れ何の死亡か之有らんや。命に従いて君を利するを之れ順と謂い、命に従いて君を病ましむるを之れ諛と謂い、命に逆らいて君を利するを之れ忠と謂い、命に逆らいて君を病ましむるを之れ乱と謂う。君過ち有りて諫諍せず、将に国を危うくし社稷を殞さんとするに、能く言を君に尽くす者有り、用いらるれば則ち之に留まり、用いられざれば則ち之を去る、之を諫と謂う。用いらるれば則ち生くべく、用いられざれば則ち死す、之を諍と謂う。能く比和同力して群下を率いて相い与に君を強矯する者有り、君安からずと雖も、聴かざる能わず、遂に国の大患を解き、国の大害を除き、尊君安国に成る、之を輔と謂う。能く君の命に亢い、君の事に反し、君の重きを竊みて以て国の危を安んじ、主の辱を除去し攻伐して以て国の大利を成すに足る者有り、之を弼と謂う。故に諫諍輔弼の人は、社稷の臣なり。明君の尊礼する所にして、闇君以て己が賊と為す。故に明君の賞する所は、闇君の殺す所なり。明君問を好み闇君独りを好み、明君賢を上げ能を使いて其の功を享け、闇君賢を畏れ能を妒みて其の業を減じ、其の忠を罰して、其の賊を賞す。夫れ是を之れ至闇と謂う、桀紂の亡ぶる所以なり。詩に云う、『曾て是れ聴くこと莫く、大命以て傾く』と、此を之れ謂うなり」と。
現代語訳
晏子がちょうど食事をしていたとき、主君の使者が到着した。晏子は自分の食事を分けて使者に食べさせたので、晏子自身は満腹にならなかった。使者は帰ってこれを景公に報告した。景公は「ああ、あなたの家はそれほど貧しいのか、私は知らなかった、これは私の過ちだ」と言い、役人に千戸の県を一つ晏子に与えさせた。晏子は再拝して辞退し、「私の家は貧しくありません。君の恩賜によって、恩恵は三族に行き渡り、交友関係にまで及び、民衆にまで施しをしています。君の恩賜は厚く、私の家は貧しくないのです。私が聞くところでは、君から厚く受け取って厚く人に施すのは、君に代わって君となるようなものであり、忠臣はそうしません。君から厚く受け取ってそれを蓄えるのは、単なる金庫番に過ぎず、仁者はそうしません。君から厚く受け取りながらそれを施す先がないのは、自分が死ねば財産だけが他人に移る愚かなことであり、智者はそうしません。私が聞くところでは、臣下たる者は、上に仕えて忠実であることを、また下に対して奢らないことを廉潔と考えるべきです。八升の布と一椀の食事があれば十分です」と言った。使者は三度往復したが、晏子は結局辞退して受け取らなかった。陳成子が鴟夷子皮に「あなたは私と何を共にしてくれるか」と尋ねた。子皮は「主君が死んでも私は死なず、主君が亡命しても私は亡命しません」と答えた。陳成子は「それではあなたは何によって私と行動を共にするのか」と尋ねた。子皮は答えた。「まだ死んでいないうちに死ぬべき事態を取り除き、まだ亡命していないうちに亡命すべき事態を取り除く、それであればどうして死や亡命の必要がありましょうか。命令に従って主君を利するのを順と言い、命令に従って主君を害するのを諛と言い、命令に逆らって主君を利するのを忠と言い、命令に逆らって主君を害するのを乱と言います。主君に過ちがあって諫めなければ、国を危うくし社稷を滅ぼそうとするとき、進言を尽くせる者がいて、用いられればそこに留まり、用いられなければそこを去る、これを諫と言います。用いられれば生き、用いられなければ死ぬ、これを諍と言います。よく心を合わせ力を同じくして群臣を率い、共に主君を強く正そうとする者がいて、主君が不安であっても聞き入れないわけにはいかず、ついに国の大きな災難を解決し、国の大きな害を除いて、主君を尊び国を安んじる結果に至る、これを輔と言います。よく主君の命令に抗い、主君の事に反して、主君の重要な権限を(一時的に)取り上げてでも国の危機を安んじ、主君の恥辱を取り除いて攻伐によって国の大きな利益を成し遂げるに足る者がいる、これを弼と言います。だから諫・諍・輔・弼を行う人こそ、社稷の臣です。明君はこれを尊び礼を尽くしますが、暗君はこれを自分の敵とみなします。だから明君が賞する者を、暗君は殺すのです。明君は質問することを好み、暗君は独断を好みます。明君は賢者を登用し能力ある者を用いてその功績を享受し、暗君は賢者を恐れ能力ある者を妬んでその事業を減じ、その忠義を罰し、その賊臣を賞します。これを至って暗いと言い、桀や紂が滅んだ所以です。詩経に『かつてこれを聞き入れることがなかったために、天命は傾いてしまった』とあるのは、このことを言っているのです。」
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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『晏子春秋』雑下・景公以晏子食不足致千金而晏子固不受晏子方に食す。景公使者をして至らしめ、食を分かちて之に食わしむ。使者飽かず、晏子も亦飽かず。使者反りて、之を公に言う。公曰く、「嘻、晏子の家、是くの若く其れ貧しきか。寡人知らず、是れ寡人の過ちなり」と。吏をして千金と市租とを致さしめ、以て賓客に奉ぜんことを請う。晏子辞す。三たび之を致すも、終に再拝して辞して曰く、「嬰の家貧しからず。君の賜を以て、沢三族を覆い、延びて交遊に及び、以て百姓を振う。君の賜厚し。嬰の家貧しからざるなり。嬰聞く、夫れ厚く之を君に取りて之を民に施せば、是れ臣、君に代わりて民に君たるなり。忠臣は為さず。厚く之を君に取りて民に施さざれば、是れ筐篋の蔵を為すなり。仁人は為さず。進みては君に取り、退きては罪を士に得、身死して財他人に遷るは、是れ宰蔵を為すなり。智者は為さず。夫れ十総の布、一豆の食、中に足れば免れん」と。景公晏子に謂いて曰く、「昔吾が先君桓公、書社五百を以て管仲に封ず。辞せずして受く。子の之を辞するは何ぞや」と。晏子曰く、「嬰聞く、聖人も千慮に必ず一失有り、愚人も千慮に必ず一得有りと。意うに管仲の失にして、嬰の得なる者か。故に再拝して敢えて命を受けず」と。
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説苑・臣術斉侯、晏子に問いて曰く、「忠臣の其の君に事うるや何若」と。対えて曰く、「難有りて死せず、亡に出でて送らず」と。君曰く、「地を裂きて之を封じ、爵を疏けて之を貴くす。吾難有りて死せず、亡に出でて送らざれば、忠と謂うべきか」と。対えて曰く、「言いて用いらるれば、身を終うるまで難無し、臣何ぞ死せん。謀りて従わるれば、身を終うるまで亡びず、臣何ぞ送らん。若し言いて用いられずして、難有りて之に死せば、是れ妄死なり。諫めて従われずして、亡に出でて之を送れば、是れ詐りを為すなり。故に忠臣なる者は能く善を君に納れて、君と与に難に陥る能わざる者なり」と。
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説苑・臣術景公酒を飲む、陳桓子侍り、晏子を望み見て公に復して曰く、「請う晏子を浮せん」と。公曰く、「何の故ぞや」と。対えて曰く、「晏子緇布の衣、麋鹿の裘、棧軫の車にして駑馬を駕して以て朝す、是れ君の賜を隠すなり」と。公曰く、「諾」と。酌者觴を奉じて之を進めて曰く、「君子に浮せよと命ず」と。晏子曰く、「何の故ぞや」と。陳桓子曰く、「君卿位を賜いて以て其の身を尊くし、之を百万に寵して以て其の家を富ませ、群臣の爵、子より尊きは莫く、禄子より厚きは莫し。今子布衣の衣、麋鹿の裘、棧軫の車にして駑馬を駕して以て朝す、則ち是れ君の賜を隠すなり、故に子を浮す」と。晏子席を避けて曰く、「請う飲みて而る後に辞せんか、其れ辞して而る後に飲まんか」と。公曰く、「辞して然る後に飲め」と。晏子曰く、「君卿位を賜いて以て其の身を顕かにす、嬰敢えて顕の為に受けざるなり、君令を行うが為なり。之を百万に寵して以て其の家を富ませ、嬰敢えて富の為に受けざるなり、君の賜を通ずるが為なり。臣聞く、古の賢臣厚賜を受けて其の国族を顧みざれば、則ち之を過つ。事に臨みて職を守り其の任に勝えざれば、則ち之を過つ。君の内隸、臣の父兄、若し離散して野鄙に在る者有らば、此れ臣の罪なり。君の外隸、臣の職とする所、若し播亡して四方に在る者有らば、此れ臣の罪なり。兵革完からず、戦車修まらざるは、此れ臣の罪なり。夫の敝車駑馬を若し以て朝主するは、臣の罪に非ざるなり。且つ臣君の賜を以て、臣の父の党車に乗らざる無く、母の党以て衣食に足らざる無く、妻の党凍餒する者無く、国の簡士臣を待ちて後に火を挙ぐる者数百家なり。此くの如きは君の賜を隠すか、君の賜を彰すか」と。公曰く、「善し、我が為に桓子を浮せよ」と。
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『晏子春秋』問上・景公問忠臣之事君何若晏子對以不與君陷於難景公、晏子に問いて曰く、「忠臣の君に事うること何若」と。晏子対えて曰く、「難有るも死せず、出亡するも送らず」と。公説ばず、曰く、「君、地を裂きて之を封じ、爵を疏ちて之を貴くす。君に難有るも死せず、出亡するも送らず。其の説は何ぞや」と。対えて曰く、「言いて用いらるれば、終身難無し、臣奚ぞ死せん。謀りて従わるれば、終身亡びず、臣奚ぞ送らん。若し言用いられざるに、難有りて之に死せば、是れ妄死なり。謀りて従われざるに、出亡して之を送らば、是れ詐偽なり。故に忠臣なる者は、善を君に納るる能うも、君と難に陥るる能わず」と。
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