説苑 / 君道
師經鼓琴,魏文侯起舞,賦曰:「使我言而無見違。」師經援琴而撞文侯不中,中旒潰之,文侯謂左右曰:「為人臣而撞其君,其罪如何?」左右曰:「罪當烹。」提師經下堂一等。師經曰:「臣可一言而死乎?」文侯曰:「可。」師經曰:「昔堯舜之為君也,唯恐言而人不違;桀紂之為君也,唯恐言而人違之。臣撞桀紂,非撞吾君也。」文侯曰:「釋之!是寡人之過也,懸琴於城門以為寡人符,不補旒以為寡人戒。」
新字:師経鼓琴,魏文侯起舞,賦曰:「使我言而無見違。」師経援琴而撞文侯不中,中旒潰之,文侯謂左右曰:「為人臣而撞其君,其罪如何?」左右曰:「罪当烹。」提師経下堂一等。師経曰:「臣可一言而死乎?」文侯曰:「可。」師経曰:「昔堯舜之為君也,唯恐言而人不違;桀紂之為君也,唯恐言而人違之。臣撞桀紂,非撞吾君也。」文侯曰:「釈之!是寡人之過也,懸琴於城門以為寡人符,不補旒以為寡人戒。」
書き下し
師経琴を鼓し、魏の文侯起ちて舞い、賦して曰く、「我をして言いて違わるる無からしめよ」と。師経琴を援きて文侯に撞つも中らず、旒に中りて之を潰す。文侯左右に謂いて曰く、「人臣と為りて其の君を撞つ、其の罪如何」と。左右曰く、「罪は烹に当たる」と。師経を提げて堂を下ること一等。師経曰く、「臣一言して死すべきか」と。文侯曰く、「可なり」と。師経曰く、「昔堯舜の君為るや、唯だ言いて人違わざらんことを恐る。桀紂の君為るや、唯だ言いて人違うことを恐る。臣桀紂を撞つ、吾が君を撞つに非ざるなり」と。文侯曰く、「之を釈て。是れ寡人の過ちなり。琴を城門に懸けて以て寡人の符と為し、旒を補わずして以て寡人の戒と為さん」と。
現代語訳
楽師の師経が琴を弾き、魏の文侯は立ち上がって舞いながら「私が言うことに誰も逆らわないようにさせよ」と詩を詠んだ。師経は琴を持ち上げて文侯に打ちつけようとしたが当たらず、冠の飾り紐に当たってそれを潰してしまった。文侯は左右の者に「臣下でありながらその君主を打とうとした、その罪はどうすべきか」と尋ねた。左右の者は「その罪は釜茹での刑に相当します」と言った。師経を引き立てて堂の一段下に連れて行った。師経は「私は一言申し上げてから死ぬことができますか」と言った。文侯は「よい」と言った。師経は言った。「昔、堯や舜が君主であったとき、ただ自分の言葉に人が逆らわないことを恐れました。桀や紂が君主であったとき、ただ自分の言葉に人が逆らうことを恐れました。私が打とうとしたのは桀や紂であって、我が君を打とうとしたのではありません。」文侯は言った。「彼を許せ。これは私の過ちだ。琴を城門に懸けて私への戒めの証とし、冠の飾り紐は直さずに私への戒めとしよう。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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葉隠・聞書第一諫言(かんげん)の道に、我(われ)其の位(くらい)にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤(おあやまり)直(なお)る様にするが大忠(たいちゅう)なり。此の階(かい)の為に諸人(しょにん)と懇意(こんい)する所なり。我が為にすれば追従(ついしょう)なり。一方(いっぽう)は我等(われら)荷(にな)ひ申す心入(こころいれ)からなり。成程(なるほど)なるものなり。
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葉隠・聞書第一或人(あるひと)覚悟の体(てい)覚書に、主君の身辺(しんぺん)勤むる者は別けて身持(みもち)覚悟慎むべきことなり。御側(おそば)の者の様子を見て、主人のたけを人が積(つも)るものなり。今は御機嫌悪し、序(つい)でになどと思うて居る内に、不図(ふと)御誤(おんあやまり)もあるべきことなり。又諫言(かんげん)は時を移さず申し上ぐべきことなり。仰せ出(いで)済みて後も、其の者に理を附け、少しづつもよき様に云いなせば、帰参(きさん)も早きものなり。又仕合せ(しあわせ)よき人には、無音(ぶいん)しても苦しからず、侍の義理なり。又科人(とがにん)をわろく云うは不義理の事なり。落ちぶれたる者には随分不憫(ふびん)を加え、何とぞ立ち直す様に致すべきこと、侍の義理なりと、これあり候。
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葉隠・聞書第一御縁組(ごえんぐみ)の時、何某(なにがし)一分(いちぶん)を申し達し候。この事、若き衆(しゅう)よく心得(こころえ)置くべき事なり。その身(み)気味(きみ)よく思うて、云(い)ふべき事を云うて腹切(はらき)りても本望(ほんもう)と思ふべし。よくよく了簡(りょうけん)候へ、何の益(えき)にも立たぬ事なり。我(われ)かやうの事を云うて腹切りても本望と思ふは、なるほど聞(きこ)えたり。曲者(くせもの)などと思ふは以(もっ)ての外(ほか)なる取違(とりちが)ひなり。まづ申し出でたる事その詮(せん)なく、我が身は引き取り、御養育(ごよういく)も仕(つかまつ)らず、追付(おっつ)け御死去(ごしきょ)なされ候に、御看病(ごかんびょう)も仕らず、残念千万(ざんねんせんばん)なり。気過(きす)ぎなる人は多分(たぶん)誤(あやま)る所なり。総(そう)じてその位(くらい)に至らずして諫言(かんげん)するは却(かえ)つて不忠(ふちゅう)なり。誠(まこと)の者ならば、我が存(ぞん)じ寄りたる事を似合(にあ)ひたる人に潜(ひそ)かに内談(ないだん)して、その人の思ひ寄りにさせて云へば、その事調(ととの)はるなり。これ忠節(ちゅうせつ)なり。もし、内談にてその人請(う)け合はずば、また外(ほか)の人にも内談し、とかく色々心遣(こころづか)ひをして、その事さへ調はるる様にすれば、大忠節(だいちゅうせつ)も知れぬ様にして居るものなり。幾人(いくにん)に内談しても、埒(らち)明かざる時は力に及ばず、その分(ぶん)にて打ち過ぎ、または起こし立て起こし立てすれば、多分叶(かな)ふものなり。我こそ曲者と云はるる名聞(みょうもん)ばかりにて、我が手柄(てがら)にするゆゑ調はざるなり。申し出でたる事益には立たず、人に難(なん)ぜられ、我が身を崩(くず)したる人数多(あまた)これあるなり。畢竟(ひっきょう)真(しん)の志(こころざし)なきゆゑなり。我が身を一向(いっこう)に捨て捨てて、主君の上(うえ)どうなりとも好き様にとさへ思へば、紛(まぎ)るる事はこれなく候なり。
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荀子・大略篇人の臣下たる者は、諫むること有るも訕ること無く、亡ること有るも疾むこと無く、怨むこと有るも怒ること無し。
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葉隠・聞書第一主人に諫言(かんげん)をするに色々あるべし。志(こころざし)の諫言は、脇(わき)に知れぬ様にするなり。御気(おんき)にさからわぬ様にして御癖(おんくせ)を直し申すものなり。細川頼之(ほそかわよりゆき)が忠義などなり。昔、御道中にて、御年寄(おとしより)何某(なにがし)承り、「某(それがし)、一命を捨てて申し上ぐべく候。段々御延引(ごえんいん)の上に脇寄(わきよ)りなど遊ばされ候節(せつ)、以ての外(ほか)然(しか)るべからず候。」と、諸人(しょにん)に向かい、「御暇乞(おいとまごい)仕り候。」と詞(ことば)を渡し、行水(ぎょうずい)、白帷子(しろかたびら)下着(したぎ)にて御前(ごぜん)へ罷出(まかりい)でられ、追付(おっつけ)退出、また諸人に向かい、「拙者(せっしゃ)申し上げ候儀、聞召(きこしめ)し分けられ本望至極(ほんもうしごく)、皆様へ一度御目に懸(かか)り候儀、不思議の仕合(しあわ)せ。」など広言(こうげん)申され候。これ皆、主人の非を顕(あらわ)し、我が忠を揚げ、威勢(いせい)を立つる仕事なり。多分、他国者(たこくもの)にこれあるなり。
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尚書・皐陶謨予(われ)違(たが)わば、汝(なんじ)弼(たす)けよ。汝、面従(めんじゅう)することなく、退(しりぞ)きて後言(こうげん)あることなかれ。