説苑 / 君道
楚莊王好獵,大夫諫曰:「晉楚敵國也,楚不謀晉,晉必謀楚,今王無乃耽於樂乎?」王曰:「吾獵將以求士也,其榛藂刺虎豹者,吾是以知其勇也;其攫犀搏兕者,吾是以知其勁有力也;罷田而分所得,吾是以知其仁也。因是道也而得三士焉,楚國以安。」故曰:苟有志則無非事者,此之謂也。湯之時大旱七年,雒坼川竭,煎沙爛石,於是使人持三足鼎,祝山川,教之祝曰:政不節耶?使人疾耶?苞苴行耶?讒夫昌耶?宮室營耶?女謁盛耶?何不雨之極也,蓋言未已而天大雨,故天之應人,如影之隨形,響之效聲者也。詩云:「上下奠瘞,靡神不宗。」言疾旱也。
新字:楚荘王好猟,大夫諫曰:「晋楚敵国也,楚不謀晋,晋必謀楚,今王無乃耽於楽乎?」王曰:「吾猟将以求士也,其榛叢刺虎豹者,吾是以知其勇也;其攫犀搏兕者,吾是以知其勁有力也;罷田而分所得,吾是以知其仁也。因是道也而得三士焉,楚国以安。」故曰:苟有志則無非事者,此之謂也。湯之時大旱七年,雒坼川竭,煎沙爛石,於是使人持三足鼎,祝山川,教之祝曰:政不節耶?使人疾耶?苞苴行耶?讒夫昌耶?宮室営耶?女謁盛耶?何不雨之極也,蓋言未已而天大雨,故天之応人,如影之随形,響之効声者也。詩云:「上下奠瘞,靡神不宗。」言疾旱也。
書き下し
楚の荘王猟を好む。大夫諫めて曰く、「晋楚は敵国なり、楚晋を謀らざれば、晋必ず楚を謀らん、今王乃ち楽に耽るに無からんか」と。王曰く、「吾猟は将に以て士を求めんとするなり。其の榛藂に虎豹を刺す者は、吾是を以て其の勇を知るなり。其の犀を攫み兕を搏つ者は、吾是を以て其の勁力有るを知るなり。田を罷めて得る所を分かつは、吾是を以て其の仁を知るなり。是の道に因りて三士を得たり、楚国以て安し」と。故に曰く、苟くも志有れば則ち事に非ざる者無し、此を之れ謂うなり。湯の時、大旱七年、雒坼け川竭き、沙を煎じ石を爛す。是に於いて人をして三足の鼎を持たしめ、山川に祝せしめ、之に祝を教えて曰く、政節ならざるか、人をして疾ましむるか、苞苴行わるるか、讒夫昌んなるか、宮室営まるるか、女謁盛んなるか、何ぞ雨ふらざるの極まりなるやと。蓋し言未だ已まざるに天大いに雨る。故に天の人に応ずるは、影の形に随い、響の声に効うが如き者なり。詩に云う、「上下奠瘞す、神として宗せざる靡し」と。旱を疾むを言うなり。
現代語訳
楚の荘王は狩りを好んだ。大夫が諫めて言った。「晋と楚は敵国です。楚が晋を謀らなければ、晋は必ず楚を謀るでしょう。今、王は遊興に耽っているのではありませんか。」王は言った。「私の狩りは、これを通じて士を求めるためのものだ。茂みの中で虎や豹を突き刺す者を見れば、私はその者の勇気を知る。犀をつかみ兕を打ち倒す者を見れば、私はその者の力強さを知る。狩りを終えて獲物を分け与える様子を見れば、私はその者の仁徳を知る。この方法によって私は三人の士を得て、楚国はそのおかげで安泰になった。」だから、志さえあればどんなことも意味のない事はない、というのはこのことである。湯王の時代、大旱魃が七年続き、雒水は干上がり川は涸れ、砂は煎られ石は溶けるほどであった。そこで人に三本足の鼎を持たせ、山川に祈らせ、こう祈らせた。「政治が節度を欠いているのか、民を苦しませているのか、賄賂が横行しているのか、讒言する者が幅を利かせているのか、宮殿の造営が盛んなのか、女性への取り入りが盛んなのか、なぜこれほどまでに雨が降らないのか」と。この言葉がまだ終わらないうちに天は大雨を降らせた。だから天が人に応じるのは、影が形に従い、こだまが声に応じるようなものである。詩経に「上下に供え物を捧げ、祭らない神はない」とあるのは、旱魃を憂えることを言っているのである。
解説

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