洗心洞箚記 / 卷下・第百三十七條
故凡欲起善政者、先宜愼獨誠意以明明德、而其本立于此、則親民之治功逐段擧矣、此非獨大學之工夫、雖周官之總要、亦只此而已矣、橫渠先生所謂使民相趨如骨肉、上之人如保赤子、謀人如己、謀衆如家、則民自信、是贊周官田制之言、而究竟歸乎大學誠意愼獨矣、因可知大學周官其歸爲一也、周官尊於昔大儒以此也、
新字:故凡欲起善政者、先宜慎独誠意以明明徳、而其本立于此、則親民之治功逐段挙矣、此非独大学之工夫、雖周官之総要、亦只此而已矣、横渠先生所謂使民相趨如骨肉、上之人如保赤子、謀人如己、謀衆如家、則民自信、是賛周官田制之言、而究竟帰乎大学誠意慎独矣、因可知大学周官其帰為一也、周官尊於昔大儒以此也、
書き下し
故に凡そ善政を起こさんと欲する者は、先づ宜しく慎独誠意して以て明徳を明らかにすべし。而して其の本此に立てば、則ち親民の治功段を逐ひて挙がらん。此れ独り大学の工夫のみに非ず、周官の総要と雖も、亦只だ此れのみ。横渠先生の所謂民をして相趨くこと骨肉の如くならしめ、上の人は赤子を保つが如く、人を謀ること己の如く、衆を謀ること家の如くすれば、則ち民自ら信ずとは、是れ周官の田制を賛するの言にして、究竟大学の誠意慎独に帰す。因りて大学・周官其の帰一たるを知るべし。周官の昔の大儒に尊ばるるは此を以てなり。
現代語訳
だから、およそよい政治を起こそうとする者は、まず慎独と誠意によって明徳を明らかにすべきである。そしてその根本がここに立てば、民に親しむ治政の功は段階を追って挙がっていく。これはただ『大学』の工夫だけではなく、『周官』の総まとめもまた、ただこれだけである。横渠先生(張載)が「民が互いに骨肉のように寄り合い、上に立つ人は赤子を守るようにし、人のために謀ることは自分のことのように、衆のために謀ることは家のことのようにすれば、民はおのずと信じる」と言ったのは、『周官』の田制(井田制)をたたえた言葉であるが、つまるところ『大学』の誠意・慎独に帰着する。それによって『大学』と『周官』は帰着するところが一つであるとわかる。昔の大儒が『周官』を尊んだのは、このためである。
解説
この章句が説くこと
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『洗心洞箚記』卷下・第百三十七條我故に毎に言ふ、大学の慎独なる者は、即ち周官の崑崙岷山なり。周官なる者は、乃ち大学慎独の江河なり。崑崙岷山無くんば、則ち焉んぞ江河有用の水有らんや。江河無くんば、則ち崑崙岷山泉源を鬱塞して、終に無用の汚と為らん。是の故に慎独して、以て明徳を明らかにし、以て民に親しめば、則ち周官の良法善政は、皆明明徳中の事にして、別に周官の法度有る無き者なり。若し別に之有りと云はば、則ち周官の良法善政と雖も、亦是れ霸者の偽のみ。陽明先生の三代以後の治を取らざるは、蓋し周官の慎独を以て本と為すと相反するが故を以てか。
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『洗心洞箚記』卷下・第百三十七條陽明先生曰く、唐虞以上の治は、後世復すべからず、之を略して可なり。三代以下の治は、後世法るべからず、之を削りて可なり。惟だ三代の治のみ行ふべし。然り而して世の三代を論ずる者、其の本を明らかにせずして、徒らに其の末を事とせば、則ち亦復すべからず、と。謹んで按ずるに、先生明体適用の大学問、此に於いて又知るべし。何となれば、先生三代の上下の治を略して、三代の治を取る、則ち其の志周官に在ること、断じて識るべし。其の三代の治と曰ひて、周官と曰はざるに、然らば予何を以て其の志周官に在るを識るや。周公は三王を兼ねんことを思ひ、夜以て日に継ぎ、幸ひにして之を得たりと云ふ。則ち三代の礼楽刑政、統括して皆周官に在り。故に其の周官を指すこと、益々信ずべし。其の其の本を明らかにせずして、徒らに其の末を事とせば、則ち亦復すべからずと曰ふ、則ち誠意慎独、豈に其の本と為さざらんや。故に誠意慎独を外にして以て之を行ふは、蘇綽の如きも、未だ其の民をして驩虞如たらしむる能はず、何ぞ況や皞皞如たるに於いてをや。而して王荊公の如きは、則ち特に富国の利心を以て、仮りて以て之を行ふ。則ち其の民を網し下を浚ふの苛刻に陥ること、宜なり。要するに皆其の本を明らかにせずして、徒らに其の末を事とするの咎なるのみ。而して荊公の如き、周官の罪人を免れんと欲するも、得んや。
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『洗心洞箚記』卷上・第六十條訟を聴くは吾猶ほ人のごときなりとは、周官の司寇の云ふ所、五声以て獄訟を聴き、民情を求むるにて、聖人と官吏の才能有る者と異なる無し。而して情無き者は、其の辞を尽くすを得ず。大いに民志を畏れしむとは、民の不仁なる者は飾るに仁を以てし、不敬なる者は飾るに敬を以てし、不孝なる者は飾るに孝を以てし、不慈なる者は飾るに慈を以てし、不信なる者は飾るに信を以てし、其の余の不善なる者は、各々飾るに善を以てす。而して民の仁なる者は誣ふるに不仁を以てし、敬なる者は誣ふるに不敬を以てし、孝なる者は誣ふるに不孝を以てし、慈なる者は誣ふるに不慈を以てし、信なる者は誣ふるに不信を以てし、其の余の善なる者は、皆誣ふるに不善を以てす。此れ即ち訟端の由りて起こる所なり。故に聖君は意を誠にして以て仁敬孝慈信の徳を明らかにして民に臨む。譬へば明鏡を懸けて物の来たるに応ずるが如し。物の妍媸安んぞ其の照らすを逃れん。故に民先づ其の心に感じ、訟へて以て其の虚誕の辞を尽くすを得ず、大いに其の心志を畏れしめて、恥有りて且つ格る。虞芮の文王に訟ふる、是れ其の証なり。而して此の如きに至れば則ち不仁なる者は改めて仁と為り、不敬なる者は改めて敬と為り、不孝不慈なる者は改めて孝慈と為り、不信なる者は改めて信と為る。而して仁なる者は之を誣ひず、敬なる者は之を誣ひず、孝慈なる者は之を誣ひず、信なる者は之を誣ひず。而して仁化下に興る。此れ豈に聖君の誠意の效に非ずや。決して官吏の及ぶ所に非ざるなり。是の故に斉治平と雖も、皆誠意を以て本と為す。故に大学上文の数節を結びて、重ねて此を本を知ると謂ふと曰ふ。其の旨深いかな。而して本末を釈すと謂ふは、昔賢既に之を駁す。其の言是なり。
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伝習録・薛侃録蔡希淵問う、「文公の『大学』新本は、先に『格致』して後に『誠意』の工夫あり。首章の次第と相い合するに似たり。若し先生の旧本に従うの説の如くんば、即ち『誠意』は反りて『格致』の前に在り。此に於て尚お未だ釈然たらず」と。先生曰く、「『大学』の工夫は即ち是れ『明徳を明らかにす』。『明徳を明らかにす』は只だ是れ個の『誠意』なり。『誠意』の工夫は只だ是れ『格物』『致知』なり。若し『誠意』を以て主と為し、去きて『格物』『致知』の工夫を用いば、即ち工夫は始めて下落有り。即ち善を為し悪を去るは『誠意』の事に非ざる無し。新本の如く先に去きて事物の理を窮格せば、即ち茫茫蕩蕩として、都て著落する処無し。須らく個の『敬』の字を添うるを用いて、方纔(はじ)めて牽扯して身心の上に向かい来たるを得。然れども終に是れ根源無し。若し須らく個の『敬』の字を添うるを用いば、縁何ぞ孔門は倒(かえ)って一個の最も緊要の字を落とし、直だ千余年の後に人の来たりて補い出すを待たんや。正に謂う、『誠意』を以て主と為さば、即ち『敬』の字を添うるを須いず。所以に個の『誠意』を挙出して説く。正に是れ学問の大頭脳の処なり。此に於て察せずんば、真に所謂る『毫釐の差、千里の繆』なり。大抵『中庸』の工夫は只だ是れ『身を誠にす』。『身を誠にす』の極は、便ち是れ『至誠』なり。『大学』の工夫は只だ是れ『誠意』。『誠意』の極は、便ち是れ『至善』なり。工夫は総て是れ一般なり。今、這裏に個の『敬』の字を補い、那裏に個の『誠』の字を補うと説くは、未だ蛇を画きて足を添うるを免れず」と。
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伝習録・薛侃録守衡問う、「『大学』の工夫は只だ是れ誠意。誠意の工夫は只だ是れ格物なり。修・斉・治・平も、只だ誠意にて尽くる。又た正心の功有り。忿懥・好楽する所有らば則ち其の正を得ずとは、何ぞや」と。先生曰く、「此れは自ら思いて之を得るを要す。此を知らば則ち『未発の中』を知らん」と。守衡、再三請う。曰く、「学を為すの工夫に浅深有り。初めの時、若し著実に意を用いて善を好み悪を悪むに去かずんば、如何ぞ能く善を為し悪を去らん。這の著実に意を用うるは便ち是れ誠意なり。然れども心の本体は原と一物無きを知らずして、一向、意を著けて善を好み悪を悪めば、便ち又た這の分の意思を多くす。便ち是れ廓然大公ならず。『書』に所謂る『好を作し悪を作す有る無し』とは、方に是れ本体なり。所以に説く、『忿懥・好楽する所有らば、則ち其の正を得ず』と。心を正すは只だ是れ誠意の工夫の裏面に自家の心体を体当し、常に鑑の空しく衡の平らかなるを要するなり。這れ便ち是れ『未発の中』なり」と。
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『洗心洞箚記』卷上・第九十條周官の冢宰は、飲食貨財及び嬪御の制を掌る、則ち君徳を修むるを以て第一義と為すなり。然れども第一義に非ず。此れ皆多くは其の成長し位を践みし後の事にして、潜かに化し黙して東宮に導く者は、其れ惟だ一の師氏に在るか。其の至敏孝の三徳は、即ち修斉治平の本なり。儒者たる者は斯の義を知らざるべからざるなり。否ずんば世に用ひらると雖も、惟だ末を事として本を遺し、要するに王荊公の唾余に帰するのみ。故に先儒其の末を事として本を遺す者を懲らして、以為へらく関雎麟趾の意有りて、然る後に周官の法度を行ふべし、と。此れ周官の定論の如しと雖も、定論に非ざるなり。何となれば則ち至敏孝の三徳は、其れ亦関雎麟趾の源なり。其の源無ければ、則ち其の流何ぞ能く澄清たらんや。故に吾毎に曰く、周官の制度に本づきて以て法を立て君を導かずんば、則ち関雎麟趾の徳成り難し、と。非なるか。
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