潜夫論 / 五德誌
世傳三皇五帝,多以為伏羲、神農為三皇,其一者或曰燧人,或曰祝融,或曰女媧,其是與非未可知也。我聞古有天皇、地皇、人皇,以為或及此謂,亦不敢明。凡斯數,其於五經,皆無正文。故略依《易·係》,記伏羲以來,以遺後賢,雖多未必獲正,然罕可以浮遊博觀,共求厥真。大人跡出雷澤,華胥履之,生伏羲,其相日角,世號太皞,都於陳,其德木,以龍紀,故為龍師而龍名。作八卦,結繩為網以漁。後嗣帝嚳,代顓頊氏。其相戴幹,其號高辛,厥質神靈,德行祇肅。迎逆日月,順天之則,能敘三辰以周民。作樂六英,世有才子八人,伯奮、仲堪、叔獻、季仲、伯虎、仲雄、叔豹、季狸。忠肅恭懿,宣慈惠和,天下之人謂之八元。後嗣薑原履大人跡,生姬棄。厥相披頤,為堯司徒。又主播種,農植嘉穀,堯遭水災,萬民以濟,故舜命曰后稷。
新字:世伝三皇五帝,多以為伏羲、神農為三皇,其一者或曰燧人,或曰祝融,或曰女媧,其是与非未可知也。我聞古有天皇、地皇、人皇,以為或及此謂,亦不敢明。凡斯数,其於五経,皆無正文。故略依《易·係》,記伏羲以来,以遺後賢,雖多未必獲正,然罕可以浮遊博観,共求厥真。大人跡出雷沢,華胥履之,生伏羲,其相日角,世号太皞,都於陳,其徳木,以竜紀,故為竜師而竜名。作八卦,結縄為網以漁。後嗣帝嚳,代顓頊氏。其相戴幹,其号高辛,厥質神霊,徳行祇粛。迎逆日月,順天之則,能敘三辰以周民。作楽六英,世有才子八人,伯奮、仲堪、叔献、季仲、伯虎、仲雄、叔豹、季狸。忠粛恭懿,宣慈恵和,天下之人謂之八元。後嗣薑原履大人跡,生姫棄。厥相披頤,為堯司徒。又主播種,農植嘉穀,堯遭水災,万民以済,故舜命曰后稷。
書き下し
世に伝う三皇五帝は、多くは伏羲・神農を以て三皇と為し、其の一は或いは燧人と曰い、或いは祝融と曰い、或いは女媧と曰うも、其の是と非とは未だ知るべからざるなり。我聞く古に天皇・地皇・人皇有りと、以て或いは此れを謂うに及ぶかと為すも、亦た敢えて明らかにせず。凡そ斯の数は、其の五経に於いて、皆正文無し。故に略ぼ《易・繋》に依りて、伏羲以来を記し、以て後賢に遺す、多しと雖も未だ必ずしも正を獲ず、然れども罕に以て浮遊して博く観、共に厥の真を求むべし。大人の跡雷沢に出で、華胥之を履みて、伏羲を生む、其の相は日角、世に太皞と号し、陳に都し、其の徳は木、龍を以て紀す、故に龍師と為して龍名あり。八卦を作り、縄を結びて網と為し以て漁す。後嗣の帝嚳は、顓頊氏に代わる。其の相は戴幹、其の号は高辛、厥の質は神霊、徳行は祇粛なり。日月を迎逆し、天の則に順い、能く三辰を叙して以て民を周くす。楽「六英」を作り、世に才子八人有り、伯奮・仲堪・叔献・季仲・伯虎・仲雄・叔豹・季狸。忠粛恭懿、宣慈恵和、天下の人之を八元と謂う。後嗣の薑原、大人の跡を履み、姫棄を生む。厥の相は披頤、堯の司徒と為る。又播種を主り、嘉穀を農植し、堯水災に遭うや、万民以て済う、故に舜命じて后稷と曰う。
現代語訳
世に伝わる三皇五帝は、多くは伏羲・神農を三皇に数え、残る一人は燧人とも祝融とも女媧ともいいますが、どれが正しいかはまだ分かりません。私は昔に天皇・地皇・人皇があったと聞きますが、これがその三皇を指すのかどうか、あえて明言しません。およそこれらの数え方は、五経に正式な文がありません。そこで、おおよそ『易』繋辞に依って伏羲以来を記し、後の賢者に残します。数は多くても必ずしも正しいとは限りませんが、それでも少しは、広く見渡してともに真実を求める手がかりになるでしょう。巨人の足跡が雷沢に現れ、華胥がそれを踏んで伏羲を生みました。その相は日角、世に太皞と呼ばれ、陳に都し、その徳は木で、龍で官を記したので、龍師・龍名と呼ばれました。八卦を作り、縄を結んで網にして漁をしました。後の世の帝嚳は顓頊氏に代わりました。その相は戴幹、号は高辛、その質は神霊で、徳行は敬い慎むものでした。日月を迎え、天の則に従い、三辰(日月星)を整えて民をあまねく助けました。楽「六英」を作り、世に才子八人がおり、伯奮・仲堪・叔献・季仲・伯虎・仲雄・叔豹・季狸といいます。忠実で慎み深く、恭しく美しく、慈しみ深く恵み和らかであったので、天下の人は彼らを八元と呼びました。後の世の薑原が巨人の足跡を踏んで姫棄を生みました。その相は披頤、堯の司徒となりました。また種まきをつかさどり、よい穀物を植え育て、堯が水害に遭ったとき万民がこれで救われたので、舜が命じて后稷と呼ばせました。
解説
この章句が説くこと
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五行大義・第二十一論五帝易経は乃ち上は伏羲を取り、下は虞舜に至り、中間の三帝を言わざるは、その因修して造作する所無きを以てなり。何を以てか之を言うを得ん。故に論ぜざるなり。大昊帝庖羲は、姓は風なり。母は華胥(かしょ)、大人の跡を履(ふ)みて成紀に生まる。蛇身人首にして、木徳を以て天下に王たり、百王の先たり。易に曰く、帝は震に出づ、と。震は木、東方にして、春を主り、日の明に象る、故に太昊と曰う。亀文に因象して八卦を画き、罔罟(もうこ)を為りて以て田漁す。古は人畜相食み、害を為す者多し。帝は蜘蛛の網を観て、民に犠牲を取りて以て庖厨に充つることを教う。故に庖犠と曰う。是れを羲皇と謂う。後世音謬りて、之を伏犠と謂い、或いは宓羲(ふくぎ)と云う。一に雄皇氏と号す。孝経鉤命決に云う、伏羲は日角珠衡にして勝を戴く、と。礼含文嘉に云う、伏羲の徳上下に洽(あまね)く、天は応ずるに鳥獣の文章を以てし、地は応ずるに亀書を以てす。伏羲則(のっと)り象りて、八卦を作る、と。炎帝神農氏は、姓は姜。母は任姒(じんじ)、名は女登、神竜に感じて帝を常羊に生む。人身牛首にして、火を以て木を承け、南方に位し、夏を主る、故に炎帝と曰う。耒耜(らいし)を作り、始めて民に耕農を教う。嘗めて草木を別ち、人をして穀を食わしめ以て犠牲の命に代う、故に神農と号す。一に魁隗(かいかい)氏と号す。是れを農皇と為す。礼含文嘉に云う、神農田道を作り、耒耜に就く。天は応ずるに嘉禾を以てし、地は出だすに醴泉を以てす、と。黄帝軒轅氏は、姓は姫。母は附宝、大電光の北斗の枢星を繞(めぐ)り、明らかに郊野を照らすを見、感じて帝を寿丘に生む。土を以て火を承け、位は中央に在り、故に黄帝と曰う。五気を治め、五帝を設け、始めて衣裳を垂れ、舟車を作り、屋宇を造る。古は巣居穴処す。黄帝之に易(か)うるに上棟下宇を以てし、以て風雨を蔽う。故に軒轅と号す。亦云う、
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五行大義・第二十一論五帝堯は眉八彩、是れを通明と謂う。日月を暦象し、制を陳べ功を考う、と。礼含文嘉に云う、堯は広く四表を被い、亀竜を致す、と。帝舜有虞氏は、姓は姚。母は握登、大虹を見て意感じ、帝を姚墟に生む。名は重華、字は都君。目は重瞳子、故に重華と名づく。土を以て火を承く。堯之を虞に封ず、故に有虞氏と号す。五色の服を設く。文燿鉤に云う、舜は重瞳子、是れを〓諒と謂う。上は摂提に応じ、以て三光を統ぶ、と。礼含文嘉に云う、舜は己を損して以て百姓を安んじ、鳥獣の鶬鶬(そうそう)たるを致し、鳳凰来儀す、と。此の三帝は、少昊・顓頊を并せて、共に五帝と為す。史記は伏羲・女媧・神農を以て三皇と為し、黄帝以下を五帝と為す。帝王世紀は羲皇・神農・黄帝を以て三皇と為し、少昊已下を五帝と為す。今案ずるに礼記、郊に五徳を配するに、伏羲より顓頊に至るまで五帝と為す。是れその正位なり。然る所以は、易に帝は震に出づと称す、蓋し五徳の首なり。次を以て行き、顓頊に至りて則ち五徳の数終わる。若し少昊を以て首と為せば、則ち金は五徳の先に非ず。若し黄帝を以て首と為せば、土は中央に居り、本創始に非ず。故に木に従いて先と為す。伏羲を五徳の首と為す、易の言是なり。其の帝嚳已下は、皆行次相承くるなり。上帝に五有り、霊威仰等の姓氏の事は、伏羲の年代久遠にして、典籍遺漏し、具に釈すべからず。然れども五徳相承くるは、天の明命を受くるを謂い、必ず符瑞を豫(あらかじ)めして、以て会昌を明らかにす。若し命に応ずる主は、皆太微の五帝の精を承けて以て世に誕まれ、必ず先徴有りて、その萌兆を示すなり。
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『潜夫論』五德誌後嗣の慶都、龍と合婚し、伊堯を生む、高辛氏に代わる、其の眉は八彩、世に唐と号す。楽「大章」を作り、始めて位を禅る。武王殷に克ちて其の胄を鋳に封ず。含始、赤珠を呑み、剋して曰く「玉英漢を生ず」と。龍、女媼に感じ、劉季興る。大電、枢を繞りて野を炤らし、符宝に感じ、黄帝軒轅を生み、炎帝氏に代わる。其の相は龍顔、其の徳は土行、雲を以て紀す、故に雲師と為して雲名あり。楽「咸池」を作り、是れ始めて衣裳を製す。後嗣の握登、大虹を見、意に感じて重華虞舜を生む。其の目は重瞳、堯に事う、堯乃ち位を禅りて曰く、「爾舜に格れ、天の暦数は爾が躬に在り、允に厥の中を執れ、四海困窮せば、天禄永く終わらん」と。乃ち終わりを文祖に受くるなり、有虞と号し、楽「九韶」を作り、位を禹に禅る。武王殷に克ちて胡公媯満を陳に封じ、庸て元女大姫を以てす。大星虹の如く、華渚に下流し、女節夢に接し、白帝摯青陽を生む、世に少昊と号す。黄帝氏に代わり、曲阜に都し、其の徳は金行、其の立つや、鳳皇適に至る、故に鳥を以て紀す。鳳鳥氏は、暦正なり。玄鳥氏は、分を司る者なり。伯趙氏は、至を司る者なり。青鳥氏は、啓を司る者なり。丹鳥氏は、閉を司る者なり。
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五行大義・第二十一論五帝軒轅の丘に居り、因りて以て号と為す、と。一に帝鴻氏と号し、或いは帰蔵氏、或いは有熊氏という。春秋文燿鉤(しゅんじゅうぶんようこう)に云う、黄帝は竜顔にして、天庭の法を得、中宿、象を文昌に取る、と。礼含文嘉に云う、黄帝兵革を修め、徳を以て行えば、則ち黄竜至り、鳳凰来儀す、と。少昊金天氏は、姫姓、名は摯(し)、字は青陽。母は女文節、大星の虹の如き有りて、華渚(かしょ)に下流するに、夢に接して意感じ、帝を生む。金を以て土を承く、故に金天と曰う。即ち図讖の所謂白帝朱宣なり。位は西方に在り、秋を主る。金は光明有り、小陰の位に居る、故に少昊と曰う。文燿鉤に云う、帝摯は干を載せ、是れを清明と謂う。節を発し度を移し、蓋し招揺に象る、と。顓頊高陽氏は、姓は姫。母は景僕、揺光の月を貫くこと虹の如きを見、感じて帝を若水に生む。水を以て金を承け、位は北方に在り、冬を主る、故に顓頊と号す。文燿鉤に云う、顓頊は幹を併せ、上は月参に法り、威を集め紀を成し、以て陰陽を理む、と。此の五帝は、既に礼の五方に配する所の者なり。帝嚳(ていこく)高辛氏は、姫姓。生まれながらにして神異、自ら其の名を言いて逡(しゅん)と曰う。木を以て水を承け、五行もて官に名づく、故に高辛と号す。帝王世紀に云う、高辛は𪘀歯(べんし)、聖徳有りて能く三辰に順う、と。帝堯陶唐氏は、祁姓。母は慶都、洛渚に出で、赤竜に遇い、感じて孕むこと十四月にして、帝を丹陵に生む。名は放勛(ほうくん)。火を以て木を承く。その兄帝摯、之を唐に封ず、故に是れ陶唐氏と号す。文燿鉤に云う、
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『潜夫論』五德誌自古在昔、天地開闢す。三皇迭いに製し、各おの号諡を樹て、以て其の世を紀す。天は五代を命じ、正朔三たび復し、神明感生し、愛に有国を興し、嫚以に亡び、積悪に滅ぶ、神微精以にして、天命は極まり罔し。或いは皇馮依し、或いは体を継ぎて育し、太胔以前は尚し。斯れに迪りて用て来たり、頗る紀録すべし、一たび精思すと雖も、議して復た誤る。故に古訓を撰して、《五徳志》を著す。
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五行大義・第二十一論五帝遂古(すいこ)以来、論ずる所の五帝は、凡そ三種有り。河図に云う、東方の青帝は霊威仰(れいいぎょう)、木帝なり。南方の赤帝は赤熛怒(せきひょうど)、火帝なり。中央の黄帝は含枢紐(がんすうちゅう)、土帝なり。西方の白帝は白招拒(はくしょうきょ)、金帝なり。北方の黒帝は叶光紀(きょうこうき)、水帝なり、と。陶華陽云う、皇伯・皇仲・皇叔・皇季・皇少の兄弟五人有り、即ち霊威仰等なり。此の五帝は、並びに天上の神にして、下りて世を治め、神鬼を綜理し、次第に相接す。太微宮を治め、その精は五帝の座と為る。五星は王に随いて気を受く。即ち明堂に祭る所の者なり、と。故に云う、文王を明堂に宗祀して、以て上帝に配す、と。礼記に曰く、春の月、その帝は大皥(たいこう)。夏の月、その帝は炎帝。中央は土、その帝は黄帝。秋の月、その帝は少皥。冬の月、その帝は顓頊(せんぎょく)、と。東方の大昊は庖羲氏(ほうぎし)、春を主る、蒼精の君なり。南方の炎帝は神農氏、夏を主る、赤精の君なり。中央の黄帝は軒轅氏、四季を主る、黄精の君なり。西方の白帝は金天氏、秋を主る、白精の君なり。北方の黒帝は顓頊氏、冬を主る、黒精の君なり。易に曰く、帝は震に出づ、と。此れ蓋し人帝の始めにして、伏羲に始まる。五行の次は木を以て先と為し、四時の相易(か)わるは春を以て首と為す。故に庖羲は五帝の先たるなり。又諸史は少昊・顓頊・高辛・唐・虞を以て、之を五帝と謂う。此れ蓋し舜より以前、五行相承けて帝たるなり。
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