戦国策 / 司馬憙使趙
司馬憙使趙,為己求相中山。公孫弘陰知之。中山君出,司馬憙御,公孫弘參乘。弘曰:「為人臣,招大國之威,以為己求相,於君何如?」君曰:「吾食其肉,不以分人。」司馬憙頓首於軾曰:「臣自知死至矣!」君曰:「何也?」「臣抵罪。」君曰:「行,吾知之矣。」居頃之,趙使來,為司馬憙求相。中山君大疑公孫弘,公孫弘走出。
新字:司馬憙使趙,為己求相中山。公孫弘陰知之。中山君出,司馬憙御,公孫弘参乗。弘曰:「為人臣,招大国之威,以為己求相,於君何如?」君曰:「吾食其肉,不以分人。」司馬憙頓首於軾曰:「臣自知死至矣!」君曰:「何也?」「臣抵罪。」君曰:「行,吾知之矣。」居頃之,趙使来,為司馬憙求相。中山君大疑公孫弘,公孫弘走出。
書き下し
司馬憙、趙に使いし、己が為に中山に相たらんことを求む。公孫弘陰かに之を知る。中山君出づるに、司馬憙御し、公孫弘参乗す。弘曰く、「人臣為りて、大国の威を招き、以て己が為に相を求む、君に於て何如」と。君曰く、「吾其の肉を食らい、以て人に分たず」と。司馬憙軾に頓首して曰く、「臣自ら死の至るを知れり」と。君曰く、「何ぞや」と。「臣罪に抵る」と。君曰く、「行け、吾之を知れり」と。之に居ること頃くにして、趙の使来たり、司馬憙の為に相を求む。中山君大いに公孫弘を疑い、公孫弘走り出づ。
現代語訳
司馬憙は趙に使いし、自分自身が中山の宰相になれるよう趙に働きかけていた。公孫弘はひそかにこれを知った。中山君が外出する際、司馬憙が御者を務め、公孫弘が陪乗した。公孫弘は言った。「人臣でありながら、大国の威光を借りて、自分自身の宰相就任を求めるとは、殿はどうお考えになりますか」。君は答えた。「私はその者の肉を食らってやりたいほど憎いが、人に分け与えるようなことはしない」。それを御者台の前で聞いていた司馬憙は、車の横木に頭を伏せて言った。「私は自分の死が迫っていることを悟りました」。君は「なぜだ」と尋ねた。「私は罪に問われております」。君は「行け、私にはもう分かっている」と言った。しばらくして、趙の使者がやって来て、司馬憙を宰相にするよう求めてきた。中山君は公孫弘を大いに疑い、公孫弘は逃げ出した。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
戦国策・司馬憙三相中山司馬憙三たび中山に相たり、陰簡之を難ず。田簡司馬憙に謂いて曰く、「趙の使者来たりて耳に属す、独り陰簡の美を語る可からざらんや。趙必ず之を請わん、君之に与えば、即ち公内難無からん。君趙に与えざれば、公因りて君に之を立てて以て正妻と為さんことを勧めよ。陰簡の公を徳とすること、窮まる所無からん」と。果たして趙をして請わしむるも、君与えず。司馬憙曰く、「君趙に与えざれば、趙王必ず大いに怒らん。大いに怒らば則ち君必ず危うからん。然らば則ち立てて以て妻と為すは、固より人の妻を請いて得ずして人を怨む者無きなり」と。田簡自ら使を取るを謂い、以て司馬憙の為にす可く、以て陰簡の為にす可く、以て趙をして請わしむる勿からしむ可し。
-
戦国策・中山君饗都士中山君都士を饗す、大夫司馬子期焉に在り。羊羹遍からず、司馬子期怒りて楚に走り、楚王に説きて中山を伐たしむ、中山君亡ぐ。二人有り、戈を挈げて其の後に随う者、中山君顧みて二人に謂いて曰く、「子奚を為す者ぞや」と。二人対えて曰く、「臣に父有り、嘗て餓えて且に死せんとするに、君壺飡を下して之に餌わしむ。臣が父且に死せんとするに、曰く、『中山事有らば、汝必ず之に死せよ』と。故に来たりて君に死するなり」と。中山君喟然として仰ぎ歎じて曰く、「与うるは衆少を期せず、其れ厄に当たるに於てす。怨むは深浅を期せず、其れ心を傷つくるに於てす。吾一杯の羊羹を以て国を亡ぼし、一壺の飡を以て士二人を得たり」と。
-
戦国策・陰姬與江姬爭為后陰姬と江姬と后為るを争う。司馬憙、陰姬の公に謂いて曰く、「事成らば、則ち土有りて子に民たらん。成らずんば、則ち身無きを恐る。之を成さんと欲せば、何ぞ臣に見えざる」と。陰姬の公稽首して曰く、「誠に君の言の如くんば、事何ぞ豫め道う可けんや」と。司馬憙即ち書を中山王に奏して曰く、「臣聞く、趙を弱くして中山を強くせんと」と。中山王悦びて之に見えて曰く、「願わくは趙を弱くして中山を強くするの説を聞かん」と。司馬憙曰く、「臣願わくは趙に之き、其の地形の険阻、人民の貧富、君臣の賢不肖、商敵の資を観、未だ豫め陳ぶ可からず」と。中山王之を遣る。趙王に見えて曰く、「臣聞く、趙は天下善く音を為し、佳麗人の出づる所なりと。今者、臣境に来至り、都邑に入り、人民の謠俗、容貌顏色を観るに、殊に佳麗好美なる者無し。臣の行く所を以て多しと為すも、周流通ぜざる所無きも、未だ嘗て人の中山の陰姬の如き者を見ず。知らざる者は、特だ以て神と為し、力言も及ぶ能わざるなり。其の容貌顏色、固に已に人に過絶せり。乃ち其の眉目准頞権衡、犀角偃月の若きは、彼乃ち帝王の后なり、諸侯の姬に非ざるなり」と。趙王意移り、大いに悦びて曰く、「吾之を請わんことを願う、何如」と。司馬憙曰く、「臣竊かに其の佳麗を見て、口道う無き能わざるのみ。即ち之を請わんと欲するは、是れ臣の敢えて議する所に非ず、願わくは王泄らすこと無かれ」と。司馬憙辞去し、帰りて中山王に報じて曰く、「趙王賢王に非ざるなり。道徳を好まずして、声色を好む。仁義を好まずして、勇力を好む。臣聞く其れ乃ち所謂陰姬なる者を請わんと欲すと」と。中山王色を作して悦ばず。司馬喜曰く、「趙強国なり、其の之を請うこと必せり。王如し与えずんば、即ち社稷危うからん。之を与うれば、即ち諸侯の笑いと為らん」と。中山王曰く、「将に奈何すべきか」と。司馬憙曰く、「王立てて后と為し、以て趙王の意を絶て。世に后を請う者無し。請わんと欲すと雖も、鄰国与せざるなり」と。中山王遂に立てて以て后と為し、趙王も亦た請う言無し。
-
戦国策・客謂司馬食其客、司馬食其に謂いて曰く、「久しきを慮りて天下を以て一つにすべしと為す者は、是れ天下を知らざる者なり。独り魏を以て秦を支えんと欲する者は、是れ又た魏を知らざる者なり。茲公は此の両者を知らずと謂わば、又た茲公を知らざる者なり。然り而して茲公従を為すは、其の説何ぞや。従なれば則ち茲公重く、従ならざれば則ち茲公軽し。茲公の重きに処るや、実に期を為さず。子何ぞ疾く三国の方に堅きに及びて、自ら秦に売らざるか。秦必ず子を受けん。然らずんば、横なる者将に子を図りて以て秦に合せんとす、是れ子の資を取りて、以て子の讎に資するなり。」
-
戦国策・孟嘗君為從孟嘗君從を爲す。公孫弘孟嘗君に謂ひて曰く、「君何ぞ人をして先づ秦王を觀しめざる。意ふに秦王帝王の主ならば、君恐らくは臣爲るを得ざらん、奚(いづ)くにか從を以て之を難ずるに暇あらんや。意ふに秦王不肖の主ならば、君從を以て之を難ずとも、未だ晩からず。」孟嘗君曰く、「善し、願はくは因りて公に往かんことを請はん。」公孫弘敬しんで諾し、車十乘を以て秦に之く。昭王之を聞き、之を媿(はづか)しめんと欲して辭を以てす。公孫弘見ゆるに、昭王曰く、「薛公の地、大小幾何ぞ。」公孫弘對へて曰く、「百里なり。」昭王笑ひて曰く、「寡人の地數千里なるも、猶ほ未だ敢へて以て難有らざるなり。今孟嘗君の地方百里にして、因りて寡人を難ぜんと欲するも、猶ほ可ならんや。」公孫弘對へて曰く、「孟嘗君人を好むも、大王人を好まず。」昭王曰く、「孟嘗君の人を好むや、奚如(いかん)。」公孫弘曰く、「義天子に臣たらず、諸侯に友たらず、志を得れば人主爲るを慚ぢず、志を得ざれば人臣爲るを肯んぜず、此くの如き者三人。而して治は管・商の師爲る可く、義を説きて行を聽き、能く其の此くの如くならしむる者五人。萬乘の嚴主なり。其の使者を辱むれば、退きて自ら刎(くびは)ね、必ず其の血を以て其の衣を洿(けが)す者、臣の如き者十人。」昭王笑ひて之に謝して曰く、「客胡爲(なんす)れぞ此くの若くする、寡人直だ客と論ずるのみ。寡人孟嘗君を善しとし、客をして必ず寡人の志を諭さしめんと欲するなり。」公孫弘曰く、「敬んで諾せん。」公孫弘侵されずと謂ふ可し。昭王は、大國なり。孟嘗は、千乘なり。千乘の義を立てて陵(しの)がる可からず、士を使ふに足ると謂ふ可し。
-
戦国策・史舉非犀首於王史挙、犀首を王に非(そし)る。犀首之を窮せしめんと欲し、張儀に謂いて曰く、「請う、王をして国を先生に譲らしめば、王は堯・舜と為らん。而して先生受けざれば、亦た許由なり。衍請う因りて王をして万戸の邑を先生に致さしめん」と。張儀説(よろこ)び、因りて史挙をして数(しばしば)犀首に見(まみ)えしむ。王之を聞きて任ぜざるなり、史挙辞せずして去る。