戦国策 / 衞使客事魏
衞使客事魏,三年不得見。衞客患之,乃見梧下先生,許之以百金。梧下先生曰:「諾。」乃見魏王曰:「臣聞秦出兵,未知其所之。秦、魏交而不脩之日久矣。願王博事秦,無有佗計。」魏王曰:「諾。」客趨出,至郎門而反曰:「臣恐王事秦之晚。」王曰:「何也?」先生曰:「夫人於事己者過急,於事人者過緩。今王緩於事己者,安能急於事人。」「奚以知之?」「衞客曰,事王三年不得見。臣以是知王緩也。」魏王趨見衞客。
新字:衛使客事魏,三年不得見。衛客患之,乃見梧下先生,許之以百金。梧下先生曰:「諾。」乃見魏王曰:「臣聞秦出兵,未知其所之。秦、魏交而不脩之日久矣。願王博事秦,無有佗計。」魏王曰:「諾。」客趨出,至郎門而反曰:「臣恐王事秦之晩。」王曰:「何也?」先生曰:「夫人於事己者過急,於事人者過緩。今王緩於事己者,安能急於事人。」「奚以知之?」「衛客曰,事王三年不得見。臣以是知王緩也。」魏王趨見衛客。
書き下し
衞、客をして魏に事えしむるも、三年見ゆるを得ず。衞客之を患い、乃ち梧下先生に見え、之に許すに百金を以てす。梧下先生曰く、「諾」と。乃ち魏王に見えて曰く、「臣聞く、秦兵を出だすも、未だ其の之く所を知らずと。秦・魏の交わり脩められざるの日久し。願わくは王博く秦に事え、佗の計有る無かれ」と。魏王曰く、「諾」と。客趨りて出で、郎門に至りて反りて曰く、「臣王の秦に事うるの晩きを恐る」と。王曰く、「何ぞや」と。先生曰く、「夫れ人の己に事うる者に於ては過ぎて急にし、人に事うる者に於ては過ぎて緩にす。今王己に事うる者に緩なれば、安んぞ能く人に事うるに急ならんや」と。「奚を以て之を知る」と。「衞客曰く、王に事えて三年見ゆるを得ずと。臣是を以て王の緩なるを知る」と。魏王趨りて衞客に見ゆ。
現代語訳
衛はある使者(客)を魏に仕えさせたが、三年経っても魏王に謁見が叶わなかった。衛の客はこれを憂え、梧下先生という人物に会い、百金を謝礼として渡す約束をした。梧下先生は「わかった」と引き受けた。そして魏王に会って言った。「秦が兵を出したと聞きますが、その行き先はまだわかりません。秦と魏の外交はしばらく修められていませんでした。どうか王におかれては広く秦にも心を配り、他の計略に頼ることのなきようになさってください」。魏王は「わかった」と答えた。梧下先生は急ぎ足で退出し、郎門(宮殿の門)まで来ると引き返して言った。「私は王が秦に対応するのが遅すぎることを心配しております」。王が「なぜか」と問うと、先生は答えた。「人はとかく自分に仕える者に対しては急かし、他人に仕える者には対応が緩くなりがちです。いま王は、ご自身に仕えている者への対応が緩やかです。それでどうして他国に対する対応を急げましょうか」。「どうしてそれがわかるのか」と王が問うと、「衛の客が申すには、王にお仕えして三年、まだ謁見が叶っていないとのこと。私はこれによって王の対応が緩やかであることを知ったのです」。これを聞いた魏王は、急いで衛の客に謁見した。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
戦国策・魏王令惠施之楚魏王惠施をして楚に之(ゆ)かしめ、犀首をして齊に之かしむ。二子を鈞(ひと)しくする者、乗数鈞(ひと)しくして、将に交わりを測らんとするなり。楚王之を聞き、施因りて人をして先に楚に之かしめ、言わしめて曰く、「魏王犀首をして齊に之かしめ、惠施をして楚に之かしむ。二子を鈞しくする者は、将に交わりを測らんとするなり」と。楚王之を聞き、因りて郊に惠施を迎う。
-
戦国策・秦攻衞之蒲秦、衞の蒲を攻む。胡衍、樗里疾に謂いて曰く、「公の蒲を伐つは、秦の為にするか、魏の為にするか。魏の為にせば則ち善し、秦の為にせば則ち頼りとせざらん。衞の衞為る所以の者は、蒲有るを以てなり。今蒲魏に入らば、衞必ず魏に折れん。魏の西河の外を亡いて復た取る能わざる者は、弱ければなり。今衞を魏に并せば、魏必ず強からん。魏強きの日、西河の外必ず危うからん。且つ秦王も亦た将に公の事を観んとす。秦を害して以て魏を善くせば、秦王必ず公を怨まん」と。樗里疾曰く、「柰何せん」と。胡衍曰く、「公蒲を釈きて攻むる勿かれ。臣請う公の為に入りて蒲守を戒め、以て衞君に徳とせん」と。樗里疾曰く、「善し」と。胡衍因りて蒲に入り、其の守に謂いて曰く、「樗里子蒲の病を知れり。其の言に曰く、『吾必ず蒲を取らん』と。今臣能く釈きて攻めしめざらしむ」と。蒲守再拜し、因りて金三百鎰を效す、曰く、「秦兵誠に去らば、請う子を衞君に厚くせん」と。胡衍蒲に金を取り、以て自ら衞に重んぜらる。樗里子も亦た三百金を得て帰り、又た以て衞君に徳とせらる。
-
戦国策・或謂魏王王儆彊之內或るひと魏王に謂う、「王四彊の内を儆め、其の王に従う者、十日の内に、備え具わらざる者は死せしめよ。王因りて其の游の舟を取りて上に之を撃たしめよ。臣王の為に楚に之かん、王臣の反るを胥たば、乃ち行え。」春申君之を聞き、使者に謂いて曰く、「子我が為に反れ、王に見ゆる無かれ。十日の内に、数万の衆、今魏の境を渉る。」秦の使い之を聞き、以て秦王に告ぐ。秦王魏王に謂いて曰く、「大国意有り、必ず来たること是を以て足れり。」
-
戦国策・樓梧約秦魏楼梧、秦・魏を約し、将に秦王をして境に遇わしめんとす。魏王に謂いて曰く、「遇いて相無くんば、秦必ず相を置かん。之を聴かずんば則ち交わり秦に悪しく、之を聴かば則ち後、王の臣、将に皆諸侯の能く王の上に令する者に事うるを務めんとす。且つ秦に遇いて秦を相とする者は、是れ斉無きなり、秦必ず王の強きを軽んぜん。斉有る者は之を相とするに如かず、斉必ず喜び、是を以て雍有る者秦と遇わば、秦必ず王を重んぜん。」
-
戦国策・五國伐秦五国秦を伐つ。魏和せんと欲し、恵施をして楚に之かしむ。楚将に之を秦に入れて和を行わしめんとす。杜赫、昭陽に謂いて曰く、「凡そ秦を伐つ者を為すは楚なり。今、施魏を以て来たり、而して公之を秦に入るれば、是れ楚の伐つを明らかにして魏の和を信ずるなり。公は恵施を聴くこと無くして、陰かに人をして秦に聴を請わしむるに如かず。」昭子曰く、「善し。」因りて恵施に謂いて曰く、「凡そ秦を攻むる者を為すは魏なり。今、子楚に従いて和を為せば、楚其の利を得て、魏其の怨みを受く。子帰れ、吾将に人をして魏に因りて和せしめんとす。」恵子反る、魏王説ばず。杜赫、昭陽に謂いて曰く、「魏、子の為に先に戦い、兵の半ばを折り、病を謁して聴かれず、和を請いて得ず。魏折れて斉・秦に入れば、子何を以て之を救わん。東に越の纍有り、北に晋無く、交いまだ斉・秦に定まらず、是れ楚孤なり。速やかに和するに如かず。」昭子曰く、「善し。」因りて人をして魏に和を謁せしむ。
-
戦国策・秦魏為與國秦・魏与国たり。斉・楚約して魏を攻めんと欲す、魏人をして秦に救いを求めしめ、冠蓋相い望むも、秦の救い出でず。魏人に唐且なる者有り、年九十余、魏王に謂いて曰く、「老臣請う西のかた出でて秦に説かん、兵をして臣に先んじて出でしむるを可とせんか。」魏王曰く、「敬みて諾す。」遂に車を約して之を遣わす。唐且秦王に見ゆ、秦王曰く、「丈人芒然として乃ち遠く此に至る、甚だ苦しめり。魏来たりて救いを求むること数々なり、寡人魏の急なるを知れり。」唐且対えて曰く、「大王已に魏の急なるを知りて救い至らざるは、是れ大王籌筴の臣任無きなり。且つ夫れ魏は一万乗の国なるも、東藩と称し、冠帯を受け、春秋を祠るは、秦の強、以て与たるに足ると為せばなり。今、斉・楚の兵已に魏の郊に在り、大王の救い至らず、魏急ならば則ち且に地を割きて斉・楚に約せんとす、王之を救わんと欲すと雖も、豈に及ぶこと有らんや。是れ一万乗の魏を亡ぼして、二敵の斉・楚を強くするなり。竊かに以て大王籌筴の臣任無しと為すなり。」秦王喟然として愁い悟り、遽かに兵を発し、日夜魏に赴かしむ。斉・楚之を聞き、乃ち兵を引きて去る。魏氏復た全し、唐且の説なり。