戦国策 / 段產謂新城君
段產謂新城君曰:「夫宵行者能無為姦,而不能令狗無吠己。今臣處郎中,能無議君於王,而不能令人毋議臣於君。願君察之也。」
新字:段産謂新城君曰:「夫宵行者能無為姦,而不能令狗無吠己。今臣処郎中,能無議君於王,而不能令人毋議臣於君。願君察之也。」
書き下し
段產新城君に謂いて曰く、「夫れ宵行の者は姦を為す無きこと能うも、狗をして己に吠うる無からしむる能わず。今臣郎中に處り、王に君を議する無きこと能うも、人をして君に臣を議する無からしむる能わず。願わくは君之を察せよ。」
現代語訳
段産が新城君に言った。「夜道を行く者は、自分自身は悪事を働かないよう心がけることはできても、犬に自分に向かって吠えられないようにすることまではできません。今、私はあなたの側近として郎中の地位にありますが、私自身が王にあなたのことを悪く言わないでいることはできても、他人にあなたのことを悪く言わせないようにすることまではできません。どうかこのことをご理解ください。」
解説
この章は、側近の段産が、自分にできることとできないことの境界線を主君にあらかじめ明確に伝えておく話です。夜道を行く者が自分の行いは律せても、犬に吠えられることまでは制御できないという比喩を用いて、自分自身が主君の悪口を言わないことは約束できても、他人が主君を誹謗するのを防ぐことまでは自分の力の及ぶ範囲ではないと率直に告げています。責任の所在をあらかじめ明確にし、自分がコントロールできる範囲とできない範囲を切り分けて伝えておくことは、後々の誤解や過剰な期待によるトラブルを未然に防ぐ知恵と言えます。何でも背負い込もうとせず、自分の限界を正直に伝える誠実さが信頼関係の基礎になるという教訓です。
この章句が説くこと
段産新城君自己の限界比喩誠実な自己申告
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