戦国策 / 韓人攻宋
韓人攻宋,秦王大怒曰:「吾愛宋,與新城、陽晉同也。韓珉與我交,而攻我甚所愛,何也?」蘇秦為韓說秦王曰:「韓珉之攻宋,所以為王也。以韓之強,輔之以宋,楚、魏必恐。恐,必西面事秦。王不折一兵,不殺一人,無事而割安邑,此韓珉之所以禱於秦也。」秦王曰:「吾固患韓之難知,一從一橫,此其說何也?」對曰:「天下固令韓可知也。韓故已攻宋矣,其西面事秦,以萬乘自輔;不西事秦,則宋地不安矣。中國白頭游敖之士,皆積智欲離秦、韓之交。伏軾結靷西馳者,未有一人言善韓者也;伏軾結靷東馳者,未有一人言善秦者也。皆不欲韓、秦之合者何也?則晉、楚智而韓、秦愚也。晉、楚合,必伺韓、秦;韓、秦合,必圖晉、楚。請以決事。」秦王曰:「善。」
新字:韓人攻宋,秦王大怒曰:「吾愛宋,与新城、陽晋同也。韓珉与我交,而攻我甚所愛,何也?」蘇秦為韓説秦王曰:「韓珉之攻宋,所以為王也。以韓之強,輔之以宋,楚、魏必恐。恐,必西面事秦。王不折一兵,不殺一人,無事而割安邑,此韓珉之所以祷於秦也。」秦王曰:「吾固患韓之難知,一従一横,此其説何也?」対曰:「天下固令韓可知也。韓故已攻宋矣,其西面事秦,以万乗自輔;不西事秦,則宋地不安矣。中国白頭游敖之士,皆積智欲離秦、韓之交。伏軾結靷西馳者,未有一人言善韓者也;伏軾結靷東馳者,未有一人言善秦者也。皆不欲韓、秦之合者何也?則晋、楚智而韓、秦愚也。晋、楚合,必伺韓、秦;韓、秦合,必図晋、楚。請以決事。」秦王曰:「善。」
書き下し
韓人宋を攻む、秦王大いに怒りて曰く、「吾宋を愛すること、新城・陽晉と同じきなり。韓珉我と交わりて、我が甚だ愛する所を攻む、何ぞや。」蘇秦韓の為に秦王に說きて曰く、「韓珉の宋を攻むるは、王の為にする所以なり。韓の強きを以て、之を輔くるに宋を以てせば、楚・魏必ず恐れん。恐るれば、必ず西面して秦に事えん。王一兵を折らず、一人を殺さずして、事無くして安邑を割かん、此れ韓珉の秦に禱る所以なり。」秦王曰く、「吾固より韓の知り難きを患う、一從一橫、此れ其の說何ぞや。」對えて曰く、「天下固より韓をして知る可からしむ。韓故に已に宋を攻めたり、其の西面して秦に事うるは、萬乘を以て自ら輔くるなり。西のかた秦に事えずんば、則ち宋地安からず。中國白頭游敖の士、皆智を積みて秦・韓の交わりを離れしめんと欲す。軾に伏し靷を結びて西馳する者、未だ一人として善韓を言う者有らざるなり。軾に伏し靷を結びて東馳する者、未だ一人として善秦を言う者有らざるなり。皆秦・韓の合するを欲せざる者は何ぞや。則ち晉・楚智にして韓・秦愚なればなり。晉・楚合すれば、必ず韓・秦を伺わん。韓・秦合すれば、必ず晉・楚を圖らん。請う以て事を決せん。」秦王曰く、「善し。」
現代語訳
韓の人々が宋を攻撃した。秦王は大いに怒って言った。「私が宋を大切に思う気持ちは、新城・陽晋と同じである。韓珉は私と誼を通じていながら、私が特に大切にしているものを攻撃するとは、どういうことか。」蘇秦は韓のために秦王に説いた。「韓珉が宋を攻めたのは、まさに王のためを思ってのことです。韓の強さに宋の力を加えれば、楚・魏はきっと恐れをなすでしょう。恐れれば、必ず西を向いて秦にお仕えするようになります。王は一兵も損なわず、一人も殺すことなく、労せずして安邑の地を割譲させることができます。これこそ韓珉が秦のために祈るように図った策なのです。」秦王は言った。「私はもともと韓の真意が分かりにくいことを懸念している。時に合従し、時に連衡する、これはどういうわけか。」蘇秦は答えた。「天下がもとより韓の真意を分かりにくくさせているのです。韓はすでに宋を攻めましたが、それは西を向いて秦に仕え、万乗の大国(秦)を頼みとして自らを支えるためです。西で秦に仕えなければ、宋の地は安定しません。中原の遊説の士たちは皆、知恵を絞って秦と韓の交わりを引き離そうとしています。車の前に伏して手綱を結び西へ馳せる者(秦へ行く遊説家)で、韓を良く言う者など一人もいません。車の前に伏して手綱を結び東へ馳せる者(韓など東方へ行く遊説家)で、秦を良く言う者など一人もいません。皆が秦と韓の結びつきを望まないのはなぜでしょうか。それは、晋(魏・趙などの旧晋領)や楚が賢く、韓・秦が愚かであるとみなしているからです。晋・楚が結びつけば、必ず韓・秦の隙をうかがいます。韓・秦が結びつけば、必ず晋・楚を図ることができます。どうかこの道理をもってお決めください。」秦王は「なるほど、よかろう」と言った。
解説

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戦国策・客卿為韓謂秦王客卿韓の為に秦王に謂いて曰く、「韓珉の議は、其の君を知りて異君を知らず、其の國を知りて異國を知らず。彼の公仲なる者は、秦の勢能く之を詘す。秦の強きこと、之に首たる者は、珉疾しと為す。齊・宋の兵を進めて首坦に至り、遠く梁郭に薄るも、魏に及ばざる所以の者は、以為らく成りて南陽の道を過ぐれば、四國を以て西のかた首せんと欲すればなり。然らざる所以の者は、皆曰く燕は齊に亡び、魏は秦に亡び、陳・蔡は楚に亡ぶ、此れ皆地形を絕ち、群臣比周して以て其の上を蔽い、大臣諸侯の為に國を輕んずればなりと。今王位正しく、張儀の貴きも、公孫郝を議するを得ず、是れ從臣大臣に事えざるなり。公孫郝の貴きも、甘戊を議するを得ざれば、則ち大臣近臣に事うるを得ず。貴賤相事えずして、各々其の位を得、輻湊して以て其の上に事うれば、則ち群臣の賢不肖、得て知る可し。王の明一なり。公孫郝嘗て齊・韓を疾みて貴きを加えられずんば、則ち大臣敢えて諸侯の為に國を輕んぜざらん。齊・韓嘗て公孫郝に因りて受けられずんば、則ち諸侯敢えて群臣に因りて能と為さざらん。外內相為さずんば、則ち諸侯の情偽得て知る可し。王の明二なり。公孫郝・樗里疾請いて韓を攻むる無からんとし、四辟を陳べて去るも、王猶之を攻む。甘茂楚・趙に約して反りて魏を敬すれば、是れ其れ我に講ずるなり、茂且に宜陽を攻めんとするも、王猶之を校ぶ。群臣の知、王の明に幾き無き者は、臣故に公仲の國を以て王に侍せしめて、自ら左右する無からんことを願う。」
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