戦国策 / 公叔且殺幾瑟
公叔且殺幾瑟也,宋赫為謂公叔曰:「幾瑟之能為亂也,內得父兄,而外得秦、楚也。今公殺之,太子無患,必輕公。韓大夫知王之老而太子定,必陰事之。秦、楚若無韓,必陰事伯嬰。伯嬰亦幾瑟也。公不如勿殺。伯嬰恐,必保於公。韓大夫不能必其不入也,必不敢輔伯嬰以為亂。秦、楚挾幾瑟以塞伯嬰,伯嬰外無秦、楚之權,內無父兄之眾,必不能為亂矣。此便於公。」
新字:公叔且殺幾瑟也,宋赫為謂公叔曰:「幾瑟之能為乱也,内得父兄,而外得秦、楚也。今公殺之,太子無患,必軽公。韓大夫知王之老而太子定,必陰事之。秦、楚若無韓,必陰事伯嬰。伯嬰亦幾瑟也。公不如勿殺。伯嬰恐,必保於公。韓大夫不能必其不入也,必不敢輔伯嬰以為乱。秦、楚挟幾瑟以塞伯嬰,伯嬰外無秦、楚之権,内無父兄之眾,必不能為乱矣。此便於公。」
書き下し
公叔且に幾瑟を殺さんとす。宋赫公叔の為に謂いて曰く、「幾瑟の能く亂を為すは、內に父兄を得、外に秦・楚を得ればなり。今公之を殺さば、太子患無く、必ず公を輕んぜん。韓の大夫王の老いて太子定まるを知らば、必ず陰かに之に事えん。秦・楚若し韓無くんば、必ず陰かに伯嬰に事えん。伯嬰も亦幾瑟なり。公殺す勿きに如かず。伯嬰恐れて、必ず公に保たれん。韓の大夫其の入らざるを必とする能わず、必ず敢えて伯嬰を輔けて以て亂を為さざらん。秦・楚幾瑟を挾みて以て伯嬰を塞がば、伯嬰外に秦・楚の權無く、內に父兄の眾無くんば、必ず亂を為す能わず。此れ公に便なり。」
現代語訳
公叔がまさに幾瑟を殺そうとしていたとき、宋赫が公叔のために言った。「幾瑟が乱を起こせるのは、国内で父兄(一族)の支持を得ており、国外では秦・楚の後ろ盾を得ているからです。もし今あなたが幾瑟を殺せば、太子(公叔が支持する側)はもう憂いがなくなり、必ずあなたを軽んじるようになるでしょう。韓の大夫たちは、王が老い太子の地位が定まったと知れば、密かに太子側につくはずです。一方で秦・楚は、もし韓に(対抗馬となる)幾瑟がいなくなれば、今度は密かに伯嬰(別の公子)を担ぎ上げるでしょう。伯嬰もまた第二の幾瑟になり得るのです。ですから、あなたは幾瑟を殺さないほうがよいのです。幾瑟が生きていれば伯嬰は恐れをなし、必ずあなたを頼みとするでしょう。韓の大夫たちも、幾瑟がいつ国内に戻ってくるか分からない以上、迂闊に伯嬰を助けて反乱を起こす気にはなれません。秦・楚が幾瑟を手駒として握っている限り、伯嬰は国外に秦・楚という後ろ盾を得られず、国内にも一族の支持を得られず、決して乱を起こすことはできません。これがあなたにとって最も都合がよいのです。」
解説
この章句が説くこと
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戦国策・公叔將殺幾瑟公叔將に幾瑟を殺さんとす。公叔に謂いて曰く、「太子の公を重んずるは、幾瑟を畏るればなり。今幾瑟死せば、太子患無く、必ず公を輕んぜん。韓の大夫王の老いたるを見て、太子の事を用うるを冀い、固より之に事えんと欲す。太子外に幾瑟の患無くして、內に諸大夫を收めて以て自ら輔けば、公必ず輕んぜられん。幾瑟を殺す無くして、以て太子を恐れしむるに如かず、太子必ず終身公を重んぜん。」
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戦国策・幾瑟亡之楚幾瑟楚に亡ぐ、楚將に秦を收めて之を復せんとす。羋戎に謂いて曰く、「公叔を廢して幾瑟を相とせし者は楚なり。今幾瑟楚に亡げ、楚又秦を收めて之を復せば、幾瑟鄭に入るの日、韓は楚の縣邑ならん。公秦王をして伯嬰の立つを賀せしむるに如かず。韓楚に絕たば、其の秦に事うるや必ず疾く、秦韓を挾みて魏に親しめば、齊・楚後れて至る者先に亡びん。此れ王業なり。」
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戦国策・韓公叔與幾瑟爭國中庶子強謂太子韓の公叔幾瑟と國を爭う。中庶子強太子に謂いて曰く、「齊師の未だ入らざるに及びて、急に公叔を擊つに若かず。」太子曰く、「不可なり。之を國中に戰わば必ず分かれん。」對えて曰く、「事成らずんば、身必ず危うし、尚何ぞ以て國の全きを圖るに足らんや。」太子聽かず、齊師果たして入り、太子出でて走る。
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戦国策・胡衍之出幾瑟於楚胡衍の幾瑟を楚に出だすや、公仲に教えて魏王に謂わしめて曰く、「太子楚に在れば、韓敢えて楚を離れず。公何ぞ試みに公子咎を奉じて、之が為に太子を請わざる。因りて人をして楚王に謂わしめて曰わく、『韓公子咎を立てて幾瑟を棄つれば、是れ王虛質を抱くなり。王亟かに幾瑟を歸すに如かず。幾瑟入らば、必ず韓の權を以て魏に讎を報い、而して王に德とせん』と。」
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戦国策・謂新城君曰新城君に謂いて曰く、「公叔・伯嬰秦・楚の幾瑟を內るるを恐る、公何ぞ韓の為に質子を楚に求めざる。楚王聽きて質子を韓に入れば、則ち公叔・伯嬰必ず秦・楚の幾瑟を以て事と為さざるを知り、必ず韓を以て秦・楚に合せん。秦・楚韓を挾みて以て魏を窘めば、魏氏敢えて東せず、是れ齊孤なり。公又秦をして質子を楚に求めしめ、楚聽かずんば、則ち怨韓に結ばん。韓齊・魏を挾みて以て楚を眄れば、楚王必ず公を重んぜん。公秦・楚の重きを挾みて、以て德を韓に積まば、則ち公叔・伯嬰必ず國を以て公に事えん。」
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戦国策・冷向謂韓咎冷向韓咎に謂いて曰く、「幾瑟亡げて楚に在り、楚王之を復せしめんと欲すること甚だし、楚兵十餘萬をして方城の外に在らしむ。臣請う楚をして萬家の都を雍氏の旁に築かしめん、韓必ず兵を起こして以て之を禁ぜん、公必ず將たらん。公因りて楚・韓の兵を以て幾瑟を奉じて之を鄭に內れしめば、幾瑟入るを得て公を德とし、必ず韓・楚を以て公を奉ぜん。」