戦国策 / 王曰向也子曰天下無道
王曰:「向也子曰『天下無道』,今也子曰『乃且攻燕』者,何也?」對曰:「今謂馬多力則有矣,若曰勝千鈞則不然者,何也?夫千鈞,非馬之任也。今謂楚強大則有矣,若夫越趙、魏而鬬兵於燕,則豈楚之任也哉?且非楚之任,而楚為之,是弊楚也。強楚、弊楚,其於王孰便也?」
新字:王曰:「向也子曰『天下無道』,今也子曰『乃且攻燕』者,何也?」対曰:「今謂馬多力則有矣,若曰勝千鈞則不然者,何也?夫千鈞,非馬之任也。今謂楚強大則有矣,若夫越趙、魏而闘兵於燕,則豈楚之任也哉?且非楚之任,而楚為之,是弊楚也。強楚、弊楚,其於王孰便也?」
書き下し
王曰く、「向にや子曰く『天下道無し』と、今や子曰く『乃ち且に燕を攻めんとす』とは、何ぞや。」対えて曰く、「今、馬力多しと謂わば則ち有り、若し千鈞に勝つと曰わば則ち然らざる者は、何ぞや。夫れ千鈞は、馬の任に非ざればなり。今、楚強大なりと謂わば則ち有り、若し夫れ趙・魏を越えて兵を燕に闘わすがごときは、則ち豈に楚の任ならんや。且つ楚の任に非ずして、楚之を為さば、是れ楚を弊せしむるなり。楚を強くすると楚を弊せしむると、其れ王に於いて孰れか便ならん。」
現代語訳
王が言った。「先ほどそなたは『天下に道がない』と言い、いまは『楚がまさに燕を攻めようとしている』と言うが、これはどういうことか。」ある者は答えて言った。「いま、馬に力があると言えばそのとおりですが、もし『千鈞の重さに耐えられる』と言えばそうではないでしょう。それはなぜかと言えば、千鈞もの重さは、そもそも馬の担える仕事ではないからです。いま、楚が強大だと言えばそのとおりですが、もし趙・魏を飛び越えて燕にまで兵を進めて戦うということになれば、それはそもそも楚の力量に見合った仕事だと言えるでしょうか。そもそも楚の力量に見合わないことを、楚があえて行おうとすれば、それは楚を疲弊させるだけのことです。楚を強くすることと、楚を疲弊させること、王にとってどちらが得策でしょうか。」
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『長短経』七雄略〈虞卿、春申君に説きて燕を伐ち、以て身封を定めしめんとす。春申君曰く「燕を攻むる所の道は、斉に非ずんば即ち魏なり。魏・斉、新たに楚を悪む。楚、燕を攻めんと欲すと雖も、将た何の道あらんや」と。対えて曰く「請う、魏王をして可ならしめん」と。虞卿、遂に魏に如き、王に謂いて曰く「夫れ楚も亦た強大なり。天下に敵無し。乃ち且に燕を攻めんとす」と。魏王曰く「何ぞや。子、云う『天下に敵無し』と。今や子、云う『乃ち且に燕を攻めんとす』と。何ぞや」と。対えて曰く「今、馬の力多しと謂わば則ち有り。若し千鈞に勝つと曰わば則ち然らざるは、何ぞや。夫れ千鈞は、馬の任に非ざるなり。今、楚を強大と謂わば則ち有り。若し夫れ趙・魏を越えて兵を燕に開かば、則ち豈に楚の任ならんや。楚の任に非ずして楚、之を為す。是れ楚を弊れしむるなり。楚を弊れしむるは即ち魏を強くす。其れ王に於て孰れか便ならん」と。魏王曰く「善し」と。之に従う。〉
-
『長短経』量過虞卿、魏王に説きて曰く〔虞卿は春申君に説きて燕を伐ちて以て身の封を定めしむ。然れども楚の燕を伐つは、路は魏に由る。魏の聴かざるを恐れて、虞卿は春申君の為に魏君に説きて道を仮るなり〕「夫れ楚も亦た強大なり。天下に敵無く、乃ち且に燕を攻めんとす」と。魏王曰く「向に子は『天下に敵無し』と云い、今や子は『乃ち且に燕を攻めんとす』と云うは、何ぞや」と。対えて曰く「今、馬は力多しと謂うは則ち之有り。若し千鈞に勝つと曰えば則ち然らざる者は、何ぞや。夫れ千鈞は、馬の任に非ざるなり。今、楚は強大なりと謂うは則ち有り。若し夫れ趙・魏を越えて兵を燕に開くは、則ち豈に楚の任ならんや」と。是に由りて之を観れば、夫れ管仲は諸侯を九合し、天下を一匡するも、孔子之を小とし、楚人は燕を伐つこと能わざるも、虞卿は反りて以て強大にして天下に敵無しと為す。詭議に非ざるなり。各々其の党に従いて之を言うのみ。察せざるべからず。
-
戦国策・虞卿謂春申君虞卿、春申君に謂いて曰く、「臣之を春秋に聞く、安に於て危を思い、危なれば則ち安を慮る、と。今、楚王の春秋高し、而して君の封地、早く定めざるべからざるなり。主君の為に封を慮る者は、楚を遠ざくるに若くは莫し。秦の孝公、商君を封じ、孝公死して、後之を殺すを免れず。秦の恵王、冉子を封じ、恵王死して、後王之を奪う。公孫鞅は功臣なり、冉子は親姻なり。然れども奪死を免れざる者は、封の近きが故なり。太公望は斉に封ぜられ、邵公奭は燕に封ぜらる、其の王室を遠ざけたるが為なり。今、燕の罪大にして趙の怒り深し、故に君は北のかた兵して以て趙に徳し、乱燕を践むに如かず、以て身の封を定めん、此れ百代の一時なり。」君曰く、「攻燕に道る所は、斉に非ざれば則ち魏なり。魏・斉新たに楚を怨む、楚君燕を攻めんと欲すと雖も、将に何を道らんとするか。」対えて曰く、「請う魏王をして可ならしめん。」君曰く、「何如。」対えて曰く、「臣請う魏に到り、而して信ずる所以を使わしめん。」迺ち魏王に謂いて曰く、「夫れ楚も亦強大なり、天下敵無し、乃ち且に燕を攻めんとす。」魏王曰く、「郷には、子天下敵無しと云う。今は、子乃ち且に燕を攻めんとすと云う者は、何ぞや。」対えて曰く、「今馬の力多しと為さば則ち有らん、若し千鈞に勝つと曰わば則ち然らざる者は、何ぞや。夫れ千鈞は馬の任に非ざればなり。今楚強大なりと謂わば則ち有らん、若し趙・魏を越えて兵を燕に闘わさば、則ち豈に楚の任ならんや。楚の任に非ずして楚之を為さば、是れ楚を敝るなり。楚を敝りて強魏を見(あら)わさば、其の王に於て孰れか便ならんや。」
-
戦国策・客見趙王客趙王に見えて曰わく、「臣聞く、王人をして馬を買わしむと、之有りや。」王曰わく、「之有り。」「何の故にか今に至るも遣わさざる。」王曰わく、「未だ相馬の工を得ざればなり。」対えて曰わく、「王何ぞ建信君を遣わさざる。」王曰わく、「建信君国事有り、又馬を相するを知らず。」曰わく、「王何ぞ紀姫を遣わさざる。」王曰わく、「紀姫は婦人なり、馬を相するを知らず。」対えて曰わく、「馬を買いて善ければ、国に何の補あらん。」王曰わく、「国に補無し。」「馬を買いて悪ければ、国に何の危うきあらん。」王曰わく、「国に危うき無し。」対えて曰わく、「然らば則ち馬を買うこと善きも悪しきが若きも、皆国に危補無し。然れども王の馬を買うや、必ず将に工を待たんとす。今天下を治むるに、挙錯是ならざれば、国家虚戻を為して、社稷血食せず、然れども王工を待たずして、建信君に与うるは、何ぞや。」趙王未だ之に応ぜず。客曰わく、「燕郭の法に、所謂桑雍なる者有り、王之を知るや。」王曰わく、「未だ之を聞かざるなり。」「所謂桑雍なる者は、便辟左右の近き者、及び夫人優愛の孺子なり。此れ皆能く王の酔昏に乗じて、欲する所を王に求むる者なり。是れ能く之を内に得れば、則ち大臣之が為に法を外に枉ぐ。故に日月外に暉(かがや)くも、其の賊は内に在り、謹んで其の憎む所を備うるも、禍いは愛する所に在り。」
-
戦国策・魏王欲攻邯鄲魏王邯鄲を攻めんと欲す。季梁之を聞き、中道にして反り、衣焦げて申べず、頭塵ついて去らず、往きて王に見えて曰く、「今者、臣来たるに、人を大行に見る、方に北面して其の駕を持し、臣に告げて曰く、『我楚に之かんと欲す』と。臣曰く、『君楚に之くに、将た奚為れぞ北面する』と。曰く、『吾が馬良し』と。臣曰く、『馬良しと雖も、此れ楚の路に非ず』と。曰く、『吾が用多し』と。臣曰く、『用多しと雖も、此れ楚の路に非ず』と。曰く、『吾が御者善し』と。此の数者愈々善くして、楚を離るること愈々遠きのみ。今、王動もすれば覇王を成さんと欲し、挙げて天下に信ぜられんと欲す。王国の大、兵の精鋭を恃みて邯鄲を攻め、以て地を広め名を尊くせんとすれば、王の動くこと愈々数々にして、王を離るること愈々遠きのみ。猶お楚に至らんとして北行くがごとし。」
-
戦国策・或謂楚王或るひと、楚王に謂いて曰く、「臣聞く、従者天下を合わせて以て大王に朝せしめんと欲す、臣願わくは大王之を聴かんことを。夫れ詘に因りて信と為すは、旧患成る有り、勇者之を義とす。禍を攝りて福と為し、少を裁して多と為すは、知者之に官す。夫れ報報の反、墨墨の化は、唯だ大君のみ能く之をなす。禍と福と相貫き、生と亡と隣を為す、死に偏らず、生に偏らざれば、以て大名を載するに足らず。寇艾する所無ければ、以て世に横たわるに足らず。夫れ秦の徳を捐て命を絶つの日久しくして、天下知らず。今夫れ横人は口を嚂にし機を利にし、上は主心を干し、下は百姓を牟る、公に挙げて私に利を取る、是を以て国権は鴻毛より軽く、積禍は丘山より重し。」