戦国策 / 顏率見公仲
顏率見公仲,公仲不見。頻率謂公仲之謁者曰:「公仲必以率為陽也,故不見率也。公仲好內,率曰好士;仲嗇於財,率曰散施;公仲無行,率曰好義。自今以來,率且正言之而已矣。」公仲之謁者以告公仲,公仲遽起而見之。
新字:顏率見公仲,公仲不見。頻率謂公仲之謁者曰:「公仲必以率為陽也,故不見率也。公仲好内,率曰好士;仲嗇於財,率曰散施;公仲無行,率曰好義。自今以来,率且正言之而已矣。」公仲之謁者以告公仲,公仲遽起而見之。
書き下し
顔率公仲に見えんとするも、公仲見えず。頻率、公仲の謁者に謂いて曰く、「公仲必ず率を以て陽と為す、故に率に見えざるなり。公仲内を好むも、率は士を好むと曰う。仲財に嗇なるも、率は施しを散ずと曰う。公仲行い無きも、率は義を好むと曰う。今より以来、率且に正しく之を言わんのみ。」公仲の謁者以て公仲に告ぐ、公仲遽かに起ちて之に見ゆ。
現代語訳
顔率が公仲に面会を求めたが、公仲は会おうとしなかった。顔率は公仲の取り次ぎ役にこう言った。「公仲はきっと、わたし(顔率)をうわべだけの人間だと思っているから、会おうとしないのでしょう。公仲は女色を好んでいるのに、わたしは『士を愛好しておられる』と言ってきました。公仲は金銭に吝嗇であるのに、わたしは『気前よく施しをしておられる』と言ってきました。公仲には褒められた行いがないのに、わたしは『道義を重んじておられる』と言ってきました。しかしこれからは、わたしはありのままを正直に申し上げることにいたしましょう。」公仲の取り次ぎ役がこれを公仲に伝えると、公仲は慌てて立ち上がり、顔率に面会した。
解説
遊説家の顔率が公仲に面会を求めても取り合ってもらえなかったとき、取り次ぎ役を通じて伝えたのは、痛烈な皮肉を交えた宣言でした。これまで自分は公仲の実際の姿(女色好み・吝嗇・不品行)とは正反対の、耳に心地よい美辞麗句(士を愛好する・施しに気前がよい・道義を重んじる)を並べてお世辞を言ってきたが、これからはありのままの事実を正直に語るつもりだ、というのです。この「今後は本当のことを言う」という宣言そのものが、暗に「これまで語ってきた美辞麗句が事実ではなかった」ことを示唆する脅しとして機能し、公仲は慌てて面会に応じました。相手が聞きたがる耳障りの良い評判が、実は虚飾であることを知らしめることで相手を動かすという、逆説的な説得の手口が鮮やかに描かれています。誰しも自分の実像とかけ離れた美化された評判を失うことを恐れるものであり、その心理を突いた駆け引きは、現代における評判管理やイメージ戦略の危うさをも映し出しています。
この章句が説くこと
顔率公仲お世辞と事実評判管理心理的駆け引き
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