戦国策 / 大成午從趙來
大成午從趙來,謂申不害於韓曰:「子以韓重我於趙,請以趙重子於韓,是子有兩韓,而我有兩趙也。」
新字:大成午従趙来,謂申不害於韓曰:「子以韓重我於趙,請以趙重子於韓,是子有両韓,而我有両趙也。」
書き下し
大成午趙より来たり、申不害に韓に謂いて曰く、「子韓を以て我を趙に重んぜよ、請う趙を以て子を韓に重んぜん、是れ子両韓を有し、而して我両趙を有するなり。」
現代語訳
大成午が趙からやって来て、韓の申不害に言った。「あなたは韓の力を使ってわたしを趙で重んじさせてください。わたしもまた趙の力を使ってあなたを韓で重んじましょう。そうすればあなたは自国の韓に加えて趙でも重んじられる、いわば二つの韓を持つことになり、わたしも自国の趙に加えて韓でも重んじられる、いわば二つの趙を持つことになります。」
解説
趙の大成午が韓の申不害に持ちかけた、互恵的な人脈形成の提案です。互いに自国での影響力を使って相手を他国で重んじさせ合うことで、それぞれが実質的に二つの国で発言力を持つようになる、という発想です。自国内の地位だけでなく、他国においても自分を重んじさせる後ろ盾を作ることで、政治家個人の交渉力や安全保障を高めようとする策略が簡潔に語られています。これは国家間の同盟というより、政治家個人同士の互助関係というべきもので、戦国期の実力者たちが自らの立場を強化するために、しばしば他国の有力者と個人的な互恵関係を結んでいたことをうかがわせます。現代でも、組織を超えた個人的なネットワークが、双方の立場を相互に補強し合う効果を持つことがあり、この逸話はその原型的な事例として読むことができます。
この章句が説くこと
大成午申不害韓趙互恵的人脈
関連する章句
-
戦国策・魏之圍邯鄲魏の邯鄲を囲むや。申不害始めて韓王に合するも、未だ王の欲する所を知らず、言いて未だ必ずしも王に中らざるを恐る。王申子に問いて曰く、「吾誰と与にせば可ならん。」対えて曰く、「此れ安危の要、国家の大事なり。臣請う深く惟りて之を苦思せん。」乃ち微かに趙卓・韓鼂に謂いて曰く、「子は皆国の弁士なり、夫れ人臣為る者は、言必ず用うべく、忠を尽くすのみ。」二人各々王に議を進めて事を以てす。申子微かに王の説ぶ所を視て以て王に言い、王大いに之を説ぶ。
-
戦国策・公叔使馮君於秦公叔馮君を秦に使いせしむるや、留められんことを恐れ、陽向に教えて秦王に說かしめて曰く、「馮君を留めて以て韓臣に善くするは、上知に非ざるなり。主君馮君に善くして、之に資するに秦を以てするに如かず。馮君王を廣めて公叔を聽かず、以て太子と爭わしめば、則ち王澤布きて、韓に害あらん。」
-
戦国策・韓趙相難韓・趙相い難(にく)む。韓、兵を魏に索めて曰わく、「願わくは師を借るを得て以て趙を伐たん。」魏文侯曰わく、「寡人趙と兄弟なり、敢えて従わず。」趙又兵を索めて以て韓を攻めんとす、文侯曰わく、「寡人韓と兄弟なり、敢えて従わず。」二国兵を得ず、怒りて反る。已にして乃ち文侯の以て己に講ずるを知り、皆魏に朝す。
-
戦国策・楚昭獻相韓楚の昭献韓に相たり。秦且に韓を攻めんとす、韓昭献を廃す。昭献人をして公叔に謂わしめて曰く、「昭献を貴くして以て楚を固むるに如かず、秦必ず楚・韓合すと曰わん。」
-
戦国策・秦趙構難而戰秦・趙難を構えて戦う。魏王に謂いて曰く、「斉・趙にして之を秦に構うるに如かず。王趙に構えずんば、趙毀を以て構えざらん。而して之を秦に構うれば、趙必ず復た闘い、必ず魏を重んぜん。是れ并せて秦・趙の事を制するなり。王焉くにか欲して斉・趙を収めて荊を攻め、焉くにか欲して荊・趙を収めて斉を攻め、王の東のかた之を長じて之を待たんことを欲するなり。」
-
戦国策・張儀欲并相秦魏張儀、秦・魏に并せ相たらんと欲し、故に魏王に謂いて曰わく、「儀請う秦を以て三川を攻めん、王其の間を以て南陽を約せば、韓氏亡びん。」史厭、趙献に謂いて曰わく、「公何ぞ楚を以て儀を佐けて之を魏に相たらんことを求めざる。韓亡ぶるを恐れば、必ず南のかた楚に走らん。儀秦・魏を兼ね相たらば、則ち公も亦必ず楚・韓に并せ相たらん。」