戦国策 / 周冣善齊
周冣善齊,翟強善楚。二子者,欲傷張儀於魏。張子聞之,因使其人為見者嗇夫聞見者,因無敢傷張子。
新字:周冣善斉,翟強善楚。二子者,欲傷張儀於魏。張子聞之,因使其人為見者嗇夫聞見者,因無敢傷張子。
書き下し
周冣斉に善くし、翟強楚に善くす。二子者、張儀を魏に傷なわんと欲す。張子之を聞き、因りて其の人をして見者嗇夫と為し見ゆる者を聞かしむ。因りて敢えて張子を傷なう者無し。
現代語訳
周冣は斉と親しく、翟強は楚と親しかった。この二人は、張儀を魏の宮廷で失脚させようと画策していた。張儀はこれを聞きつけると、自分の息のかかった者を王への謁見を取り次ぐ役人に就け、王に見える者たちの言葉を逐一聞き取らせるようにした。そのため、誰も敢えて張儀を陥れるような讒言をすることができなくなった。
解説
周冣・翟強という、それぞれ斉・楚と親しい二人の重臣が、魏で張儀の失脚を狙って画策していた話です。張儀はそれを察知すると、王への取り次ぎ役という要職に自分の息のかかった人物を送り込み、王に謁見する者たちの発言を逐一把握できる体制を作りました。こうして誰の讒言も王に届く前に張儀に筒抜けになるため、結果として誰も安心して彼を陥れる発言をできなくなったのです。政敵の攻撃を正面から迎え撃つのではなく、情報の流れそのものを押さえることで、讒言が力を発揮する前に無力化するという防御策です。現代の組織においても、意思決定者に届く情報の経路や、誰がどんな報告を上げているかを把握しておくことは、根拠のない中傷から自分を守るための有効な手立てになり得ます。ただしこれは同時に、情報統制がもたらす権力の偏りという別の危うさもはらむ手法である点には留意が必要です。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
張儀周冣翟強情報統制讒言対策
関連する章句
-
『春秋左氏伝』荘公四年・五年 余が心蕩く四年春、王の三月、楚の武王荊屍し、師に孑を授け、以て隨を伐たんとす。將に齊せんとし、入りて夫人鄧曼に告げて曰く、「余が心蕩(うご)く」と。鄧曼歎じて曰く、「王の祿盡きたり。盈ちて蕩くは、天の道なり。先君其れ之を知れり。故に武事に臨み、將に大命を發せんとして、王の心を蕩かす。若し師徒虧くること無くして、王行に薨ぜば、國の福なり」と。王遂に行き、樠木の下に卒す。令尹鬥祁・莫敖屈重道を除き、溠に梁し、軍を營みて隨に臨む。隨人懼れて、成を行ふ。莫敖王命を以て入りて隨侯と盟ひ、且つ會を漢汭に爲さんことを請ひて、還る。漢を濟りて後に喪を發す。紀侯齊に下る能はず。以て紀季に與ふ。夏、紀侯大いに其の國を去る。齊の難を違くるなり。五年秋、郳の犁來來朝す。名いふは、未だ王命あらざればなり。冬、衛を伐つ。惠公を納るるなり。
-
老子・第65章古の善く道を為す者は、以て民を明らかにするに非ず、将に以て之を愚にせんとす。民の治め難きは、其の智多きを以てなり。故に智を以て国を治むるは国の賊、智を以て国を治めざるは国の福なり。此の両者を知るは亦た稽式なり。常に稽式を知る、是を玄徳と謂う。玄徳は深し、遠し、物と反す。然る後に乃ち大順に至る。
-
『春秋左氏伝』昭公四年 豎牛、叔孫を餓えしむ長じて而る後に之を逆へしむ。丘蕕に田して、遂に疾に遇ふ。豎牛其の室を亂して之を有たんと欲す。強ひて孟と盟はんとするも、可かず。叔孫孟の為に鍾を為りて曰く、「爾未だ際(まじ)はらず。大夫を饗して以て之を落せ」と。既に具はる。豎牛をして日を請はしむ。入りて謁せず。出でて之に日を命ず。賓至るに及び、鍾の聲を聞く。牛曰く、「孟に北婦人の客有り」と。怒りて將に往かんとす。牛之を止む。賓出づ。拘へて諸を外に殺さしむ。牛又強ひて仲と盟はんとするも、可かず。仲公の御萊書と公に觀る。公之に環を與ふ。牛をして入りて之を示さしむ。入りて示さず。出でて之を佩びよと命ず。牛叔孫に謂ふ、「仲を見えしめば何如」と。叔孫曰く、「何為れぞ」と。曰く、「見えしめずとも、既に自ら見えたり。公之に環を與へて之を佩べり」と。遂に之を逐ふ。齊に奔る。疾急なり。仲を召せと命ず。牛許して召さず。杜洩見ゆ。之に飢渴を告げ、之に戈を授く。對へて曰く、「之を求めて至る、又何ぞ去らん」と。豎牛曰く、「夫子疾病なり、人を見るを欲せず」と。饋を個に寘きて退かしむ。牛進めず。則ち虛を置きて徹せしむ。
-
『韓非子』說難第十二故に之と大人を論ずれば、則ち以て己を閒すと為す。...其の愛する所を論ずれば則ち以て資を藉ると為す。其の憎む所を論ずれば、則ち以て己を嘗みると為す。
-
史記 秦始皇本紀中人或いは丞相に告ぐ。丞相後に車騎を損ず。始皇怒りて曰く、「此れ中人吾が語を泄らせり」と。案問するも服する莫し。是の時に当たり、詔して諸の時に旁らに在りし者を捕へ、皆之を殺す。是より後、行の所在を知る莫し。事を聴き、群臣の事を決するを受くるは、悉く咸陽宮に於てす。
-
『韓非子』愛臣第四黨與衆しと雖も、士卒を臣とするを得ず。故に人臣の國に處るや私朝無く、軍に居るや私交無く、其の府庫は私かに家に貸すを得ず。