戦国策 / 秦拔寧邑
秦拔寧邑,魏王令之謂秦王曰:「王歸寧邑,吾謂先天下構。」魏魏王曰:「王無聽。魏王見天下之不足恃也,故欲先構。夫亡寧者,宜割二寧以求構;夫得寧者,安能歸寧乎?」
新字:秦抜寧邑,魏王令之謂秦王曰:「王帰寧邑,吾謂先天下構。」魏魏王曰:「王無聴。魏王見天下之不足恃也,故欲先構。夫亡寧者,宜割二寧以求構;夫得寧者,安能帰寧乎?」
書き下し
秦、寧邑を抜く。魏王之をして秦王に謂わしめて曰く、「王寧邑を帰さば、吾天下に先んじて構えんと謂う。」魏の某、魏王に謂いて曰く、「王聴く無かれ。魏王天下の恃むに足らざるを見て、故に先んじて構えんと欲するなり。夫れ寧を亡う者は、宜しく二寧を割きて以て構えを求むべし。夫れ寧を得る者は、安んぞ能く寧を帰さんや。」
現代語訳
秦が魏の寧邑を攻め落とした。魏王は使者に命じて秦王にこう伝えさせた。「王が寧邑を返還してくださるなら、わたしは天下に先駆けて秦と和睦を結びましょう。」魏のある家臣が魏王に言った。「王はそれをお聞き入れになりませんように。魏王は天下の諸国がもはや頼りにならないと見て、それで先んじて和睦しようとしておられます。しかし、寧邑を失った側は、和睦を求めるためにむしろ寧邑二つ分を割いてでも差し出すのが道理というものです。すでに寧邑を手に入れた側が、どうしてわざわざそれを返還したりするでしょうか。」
解説
秦が魏の寧邑を攻め落としたのち、魏王が「寧邑さえ返してくれれば、真っ先に秦と和睦する」と申し出た場面です。これに対して家臣は、その申し出自体が虫のいい話だと諫めます。本来、領地を失った側が和睦を求めるならば、失った土地以上のものを差し出してでも頼み込むのが普通であり、逆にすでに奪った側の秦が、わざわざ手放してまで和睦に応じる理由などない、という冷静な現実認識です。魏王は天下の諸国がもはや頼りにならないと弱気になり、目先の安心を求めて虫のいい取引を持ちかけてしまったわけですが、これは交渉の力関係を見誤った典型例といえます。すでに優位に立つ相手に対して、対価も差し出さずに譲歩だけを求めても通用しないという道理は、現代の交渉事全般にも当てはまる基本原則です。
この章句が説くこと
秦寧邑魏王交渉力学譲歩の道理
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