戦国策 / 魏令公孫衍請和於秦
魏令公孫衍請和於秦,綦母恢教之語曰︰「無多割。曰,和成,固有秦重和,以與王遇;和不成,則後必莫能以魏合於秦者矣。」
新字:魏令公孫衍請和於秦,綦母恢教之語曰︰「無多割。曰,和成,固有秦重和,以与王遇;和不成,則後必莫能以魏合於秦者矣。」
書き下し
魏、公孫衍をして秦に和を請わしむ、綦母恢(きぼかい)之に語を教えて曰わく、「多く割くこと無かれ。曰わく、和成らば、固より秦重ねて和し、以て王と遇わん。和成らずんば、則ち後必ず能く魏を以て秦に合する者莫からん。」
現代語訳
魏は公孫衍に命じて秦との講和を求めさせた。綦母恢は彼にこう助言した。「多くの土地を割譲してはなりません。こう言いなさい。もし今回の講和が成れば、秦はもとより重ねて講和を求め、王と会見することになるでしょう。もし今回の講和が成らなければ、この先、二度と魏を秦と結びつけられる者はいなくなるでしょう、と。」
解説
この一篇は、魏が秦との講和を求めるにあたり、綦母恢が使者公孫衍に対し、過度な土地の割譲を避けるための交渉の言い回しを助言した短い記事です。綦母恢は、今回の交渉自体を「これが最初で最後の機会だ」と相手に印象づけるレトリックを授けます。講和が成立すればさらに良好な関係が続くが、もしこの条件で決裂すれば二度と魏と秦を結びつける仲介者は現れないだろう、という言い方は、暗に「今この場を逃せば秦にとっても損だ」という圧力を相手にかけつつ、自らの譲歩を最小限に抑えようとする交渉術です。決裂の代償を相手側にも意識させることで、一方的な譲歩を強いられる立場から抜け出そうとするこの発想は、力関係で劣る側が交渉の主導権を取り戻すための実践的な話法として、現代の交渉術にも通じます。
この章句が説くこと
戦国策魏一公孫衍綦母恢交渉術
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