戦国策 / 葉陽君約魏
葉陽君約魏,魏王將封其子,謂魏王曰:『王嘗身濟漳,朝邯鄲,抱葛、薜、陰、成以爲趙養邑,而趙无爲王有也。王能又封其子問陽姑衣乎?臣爲王不取也。』魏王乃止。
新字:葉陽君約魏,魏王将封其子,謂魏王曰:『王嘗身済漳,朝邯鄲,抱葛、薜、陰、成以為趙養邑,而趙无為王有也。王能又封其子問陽姑衣乎?臣為王不取也。』魏王乃止。
書き下し
葉陽君魏と約す、魏王将に其の子を封ぜんとす。謂いて魏王に曰く、「王嘗て身自ら漳を済(わた)り、邯鄲に朝し、葛・薜・陰・成を抱きて以て趙の養邑と為すも、趙王の為に有たしむる無かりき。王能く又其の子を封じて陽姑衣を問わんか。臣王の為に取らざるなり」と。魏王乃ち止む。
現代語訳
葉陽君が魏と盟約を結び、魏王はその子を(魏の領地に)封じようとした。ある者が魏王にこう言った。「王はかつて自ら漳水を渡って邯鄲に赴き朝見の礼を尽くし、葛・薜・陰・成の地を差し出して趙の食邑としましたが、それでも趙のために何かを得られたということはありませんでした。それなのに王はまた葉陽君の子を封じて陽姑衣の地まで与えようとなさるのですか。私は王のためにこれを賛成いたしかねます。」魏王はそこで思いとどまった。
解説
葉陽君との盟約を背景に、その子を魏の領地に封じて優遇しようとした魏王を、ある臣下が過去の失敗例を引いて押しとどめる短い話です。かつて魏王自ら趙に赴いて礼を尽くし、領地まで差し出したにもかかわらず見返りを得られなかった前例を持ち出すことで、「今回もまた同じ轍を踏むことになる」と説得力を持たせています。目先の同盟関係を強化しようとする気前の良さが、必ずしも相応の見返りを保証しないという教訓であり、過去に功を奏さなかった手法を安易に繰り返すことへの戒めとして読むことができます。人間関係や外交においても、過去の実績を検証せずに同じ譲歩を重ねることの危うさは、現代の交渉や投資判断にも通じる普遍的な視点です。
この章句が説くこと
葉陽君魏王封地前例教訓
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