戦国策 / 芒卯謂秦王
芒卯謂秦王曰:『王之士未有爲之中者也。臣聞明王不𦙃中而行。王之所欲於魏者,長羊、王屋、洛林之地也。王能使臣爲魏之司徒,則臣能使魏獻之。』秦王曰:『善。』因任之以爲魏之司徒。謂魏王曰:『王所患者上地也。秦之所欲於魏者,長羊、王屋、洛林之地也。王獻之秦,則上地无憂患。因請以下兵東擊齊,攘地必遠矣。』魏王曰:『善。』因獻之秦。地入數月,而秦兵不下。魏王謂芒卯曰:『地已入數月,而秦兵不下,何也?』芒卯曰:『臣有死罪。雖然,臣死,則契折於秦,王无以責秦。王因赦其罪,臣爲王責約於秦。』乃之秦,謂秦王曰:『魏之所以獻長羊、王屋、洛林之地者,有意欲以下大王之兵東擊齊也。今地已入,而秦兵不可下,臣則死人也。雖然,後山東之士,无以利事王者矣。』秦王戄然曰:『國有事,未澹下兵也,今以兵從。』後十日,秦兵下。芒卯并將秦、魏之兵,以東擊齊,啟地廿二縣。
新字:芒卯謂秦王曰:『王之士未有為之中者也。臣聞明王不𦙃中而行。王之所欲於魏者,長羊、王屋、洛林之地也。王能使臣為魏之司徒,則臣能使魏献之。』秦王曰:『善。』因任之以為魏之司徒。謂魏王曰:『王所患者上地也。秦之所欲於魏者,長羊、王屋、洛林之地也。王献之秦,則上地无憂患。因請以下兵東擊斉,攘地必遠矣。』魏王曰:『善。』因献之秦。地入数月,而秦兵不下。魏王謂芒卯曰:『地已入数月,而秦兵不下,何也?』芒卯曰:『臣有死罪。雖然,臣死,則契折於秦,王无以責秦。王因赦其罪,臣為王責約於秦。』乃之秦,謂秦王曰:『魏之所以献長羊、王屋、洛林之地者,有意欲以下大王之兵東擊斉也。今地已入,而秦兵不可下,臣則死人也。雖然,後山東之士,无以利事王者矣。』秦王戄然曰:『国有事,未澹下兵也,今以兵従。』後十日,秦兵下。芒卯并将秦、魏之兵,以東擊斉,啟地廿二県。
書き下し
芒卯秦王に謂いて曰く、「王の士未だ之が中と為る者有らざるなり。臣聞く、明王は中に𦙃(したが)わずして行う、と。王の魏に欲する所の者は、長羊・王屋・洛林の地なり。王能く臣をして魏の司徒たらしめば、則ち臣能く魏をして之を献ぜしめん」と。秦王曰く、「善し」と。因りて之に任ずるに以て魏の司徒と為す。魏王に謂いて曰く、「王の患うる所の者は上地なり。秦の魏に欲する所の者は、長羊・王屋・洛林の地なり。王之を秦に献ぜば、則ち上地憂患無からん。因りて請う兵を以て東のかた齊を撃たば、地を攘(はら)うこと必ず遠からん」と。魏王曰く、「善し」と。因りて之を秦に献ず。地入りて数月、而して秦兵下らず。魏王芒卯に謂いて曰く、「地已に入りて数月、而して秦兵下らざるは、何ぞや」と。芒卯曰く、「臣死罪有り。然りと雖も、臣死せば、則ち契秦に折れ、王无以て秦を責むる無し。王因りて其の罪を赦せば、臣王の為に約を秦に責めん」と。乃ち秦に之(ゆ)き、秦王に謂いて曰く、「魏の長羊・王屋・洛林の地を献ずる所以の者は、意(こころ)大王の兵を下して東のかた齊を撃たしめんと欲する有ればなり。今地已に入りて、秦兵下す可からず、臣は則ち死人なり。然りと雖も、後山東の士、以て王に利事する無からん」と。秦王戄然(かくぜん)として曰く、「国に事有り、未だ兵を下すに澹(た)らず、今兵を以て従わん」と。後十日、秦兵下る。芒卯并(あわ)せて秦・魏の兵を将(ひき)い、以て東のかた齊を撃ち、地を啓(ひら)くこと廿二県なり。
現代語訳
芒卯が秦王にこう説いた。「王の家臣たちの中には、まだ両国の間を取り持てる者がおりません。私はこう聞いております。『明君は自分だけの思惑で強引に事を進めることはしない』と。王が魏に望んでおられるのは、長羊・王屋・洛林の地でしょう。王が私を魏の司徒(官職)にしていただければ、私は魏にその地を献上させることができます。」秦王は「よかろう」と言い、そこで芒卯を魏の司徒に任じた。芒卯は魏王にこう説いた。「王が案じておられるのは上党の地でしょう。秦が魏に望んでいるのは、長羊・王屋・洛林の地です。王がこれを秦に献上すれば、上党は憂いなく済みます。そのうえで秦の兵を借りて東のかた斉を撃てば、必ず遠くまで領土を広げられるでしょう。」魏王は「よかろう」と言い、そこでその地を秦に献上した。土地が渡ってから数か月経っても、秦の兵は動かなかった。魏王は芒卯にこう言った。「土地はすでに渡してから数か月経つのに、秦の兵が動かないのはどういうことか。」芒卯は言った。「私に死罪がございます。とはいえ、私が死ねば秦との約束は反故になり、王は秦を責める手立てを失います。王がどうか私の罪をお赦しいただければ、私が王のために秦に約束の履行を求めましょう。」そこで秦に赴き、秦王にこう言った。「魏が長羊・王屋・洛林の地を献上したのは、大王の兵を借りて東のかた斉を撃ちたいという思いがあったからです。今すでに土地は渡っているのに、秦の兵を動かしていただけなければ、私は面目を失った死人も同然です。とはいえ、このままでは今後、山東(崤山以東)の士人たちは、誰も大王のために働こうとしなくなるでしょう。」秦王は驚いた様子で言った。「国内に事情があって、まだ十分に兵を動かせずにいただけだ。今すぐ兵を出して従おう。」十日後、秦の兵が動いた。芒卯は秦と魏の兵を合わせて率い、東のかた斉を攻め、二十二県もの土地を切り開いた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・應言⑤魏、孟卬をして絳・𥦋・安邑の地を割きて以て秦王に與えしむ。王喜ぶ。起賈をして孟卬の爲に司徒を魏王に求めしむ。魏王說ばず。起賈に應えて曰く、「卬は寡人の臣なり。寡人寧ろ臧を以て司徒と爲すも、卬を用うること無し。大王の更めて他人を以て之に詔げんことを願う。」起賈出づ。孟卬に廷に遇う。曰く、「公の事何如。」起賈曰く、「公甚だ公の主に賤しまる。公の主曰く、『寧ろ臧を用て司徒と爲すとも、公を用うること無し。』」孟卬入りて見え、魏王に謂いて曰く、「秦の客何をか言う。」王曰く、「女を以て司徒と爲さんことを求む。」孟卬曰く、「王、之に應うるに何をか謂える。」王曰く、「寧ろ臧を以てすとも、卬を用うること無きなり。」孟卬太息して曰く、「宜なり、王の秦に制せらるるや。王何ぞ秦の臣を善しとするを疑うか。絳・𥦋・安邑をもって、牛に書を負わしめて秦に與うるも、猶乃ほ牛を善しとするなり。卬不肖と雖も、獨り牛に如かざらんや。且つ王、三將軍をして臣の先だちと爲して、卬を視ること身の如くせよ、と曰しむ。是れ臣、重んぜらるるなり。今、王、臣を輕んずるなり。臣をして責めしむるに、卬賢なりと雖も固より能くせんや。」居ること三日、魏王乃ち起賈に聽く。凡そ人主の其の大官を與うるは、益有るが爲なり。今、國の錙錘を割く。而して因りて大官を得れども、且に何れの地か以て之に給せん。大官は、人臣の欲する所なり。孟卬、秦をして其の欲する所を得しめ、秦も亦た孟卬をして其の欲する所を得しむ。責以て償わる。尚ほ何の責か有らん。魏彊しと雖も、猶は責無きを責むる能わず。又況んや弱きに於いてをや。魏王の孟卬に令して司徒爲らしめ、以て其の責を棄つるは則ち拙なり。
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戦国策・秦趙約而伐魏秦・趙約して魏を伐たんとす、魏王之を患う。芒卯曰く、「王憂うる勿かれ。臣請う張倚を発して趙王に謂わしめて曰わん、夫れ鄴は、寡人固より刑(けい)弗(これ)有たざるなり。今大王秦を収めて魏を攻む、寡人請う鄴を以て大王に事えん、と」。趙王喜び、相国を召して之に命じて曰く、「魏王請う鄴を以て寡人に事え、寡人をして秦を絶たしめんとす」と。相国曰く、「秦を収めて魏を攻むるも、利鄴に過ぎず。今兵を用いずして鄴を得ば、請う魏を許さん」と。張倚因りて趙王に謂いて曰く、「敝邑の吏城を効(いた)す者は、已に鄴に在り。大王且に何を以て魏に報いんとするか」と。趙王因りて関を閉じて秦を絶たしむ。秦・趙大いに悪(にく)む。芒卯趙の使に応じて曰く、「敝邑の大王に事うる所以の者は、鄴を完(まっと)うせんが為なり。今鄴を郊にする者は、使者の罪なり、卯知らざるなり」と。趙王魏の秦の怒りを承(う)けんことを恐れ、遽(にわ)かに五城を割きて以て魏に合わせて秦に支う。
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戦国策・張儀事秦惠王張儀、秦の惠王に事ふ。惠王死し、武王立つ。左右、張儀を惡みて曰く、「儀、先王に事へて忠ならず。」言未だ已(や)まざるに、齊の讓(せ)め又た至る。張儀之を聞き、武王に謂ひて曰く、「儀に愚計有り、願はくは之を王に效(いた)さん。」王曰く、「奈何(いかん)。」曰く、「社稷の爲に計る者は、東方に大變有り、然る後に王多く地を割く可し。今、齊王甚だ張儀を憎み、儀の在る所には、必ず兵を舉げて之を伐たん。故に儀願はくは不肖の身を乞ひて梁に之かん、齊必ず兵を舉げて之を伐たん。齊・梁の兵、城下に連なりて相去る能はず、王其の間を以て韓を伐ち、三川に入り、兵を函谷に出だして伐つこと無く、以て周に臨まば、祭器必ず出で、天子を挾み、圖籍を案ぜん、此れ王業なり。」王曰く、「善し。」乃ち革車三十乘を具へ、之を梁に納る。齊果たして兵を擧げて之を伐つ。梁王大いに恐る。張儀曰く、「王患ふる勿かれ、請ふ齊の兵を罷めしめん。」乃ち其の舍人馮喜をして楚に之かしめ、藉りて之を齊に之かしむ。齊・楚の事已に畢はり、因りて齊王に謂ふ、「王甚だ張儀を憎むと雖も、然れども厚きかな、王の儀を秦王に託するや。」齊王曰く、「寡人甚だ儀を憎む、儀の在る所には、必ず兵を擧げて之を伐たん、何を以て儀を託すと爲すや。」對へて曰く、「是れ乃ち王の儀を託するなり。儀、秦を出づるに因りて秦王と約して曰く、『王の爲に計る者は、東方に大變有り、然る後に王多く地を割く可し。齊王甚だ儀を憎み、儀の在る所には、必ず兵を擧げて之を伐たん。故に儀願はくは不肖の身を乞ひて梁に之かん、齊必ず兵を擧げて梁を伐たん。梁・齊の兵、城下に連なりて去る能はず、王其の間を以て韓を伐ち、三川に入り、兵を函谷に出だして伐つこと無く、以て周に臨まば、祭器必ず出で、天子を挾み、圖籍を案ぜん、是れ王業なり。』秦王以て然りと爲し、革車三十乘を與へて儀を梁に納る。而して果たして之を伐つ、是れ王内自ら罷めて與國を伐ち、鄰敵を廣げて以て自ら臨み、儀を秦王に信ぜしむるなり。此れ臣の謂ふ所の儀を託するなり。」王曰く、「善し。」乃ち止む。
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戦国策・秦將伐魏秦将に魏を伐たんとす。魏王之を聞き、夜孟嘗君に見(まみ)え、之に告げて曰く、「秦且に魏を攻めんとす、子寡人の為に謀れ、奈何(いかん)せん」と。孟嘗君曰く、「諸侯の救い有らば、則ち国存す可し」と。王曰く、「寡人子の行かんことを願う」と。重ねて之が為に車百乗を約す。孟嘗君趙に之(ゆ)き、趙王に謂いて曰く、「文兵を借りて以て魏を救わんことを願う」と。趙王曰く、「寡人能わず」と。孟嘗君曰く、「夫れ敢えて兵を借るる者は、以て王に忠なればなり」と。王曰く、「聞くを得可きか」と。孟嘗君曰く、「夫れ趙の兵は、能く魏の兵より彊(つよ)きに非ず、魏の兵は、能く趙より弱きに非ず。然れども趙の地歳(とし)ごとに危うからずして、民歳ごとに死せず、而して魏の地歳ごとに危うくして、民歳ごとに死する者は、何ぞや。其の西のかた趙の蔽(へい)為ればなり。今趙魏を救わず、魏秦に歃盟(さつめい)せば、是れ趙強秦と界を為すなり、地も亦た且に歳ごとに危うからんとし、民も亦た且に歳ごとに死せんとす。此れ文の大王に忠なる所以なり」と。趙王許諾し、之が為に兵十万、車三百乗を起こす。又北のかた燕王に見えて曰く、「先日公子常に両王の交わりを約せり。今秦且に魏を攻めんとす、願わくは大王の之を救わんことを」と。燕王曰く、「吾歳熟せざること二年なり、今又数千里を行きて以て魏を助くれば、且つ奈何せん」と。田文曰く、「夫れ数千里を行きて人を救う者は、此れ国の利なり。今魏王国門を出でて軍を望見せば、数千里を行きて人を助けんと欲すと雖も、得可けんや」と。燕王尚お未だ許さず。田文曰く、「臣便計を王に効すも、王臣の忠計を用いずんば、文行かんことを請う。天下の将に大変有らんことを恐る」と。王曰く、「大変聞くを得可きか」と。曰く、「秦魏を攻めて未だ之に克つ能わざるなり、而して台已に燔(や)かれ、游已に奪わる。而して燕魏を救わずんば、魏王節を折りて地を割き、国の半ばを以て秦に与えん、秦必ず去らん。秦已に魏を去らば、魏王悉く韓・魏の兵をあげ、又西のかた秦兵を借り、趙の衆に因り、四国を以て燕を攻めば、王且に何をか利とせん。数千里を行きて人を助くるを利とせんか、燕の南門を出でて軍を望見するを利とせんか。則ち道里近くして輸(ゆ)も又易し、王何をか利とせん」と。燕王曰く、「子行け、寡人子に聴かん」と。乃ち之が為に兵八万、車二百乗を起こし、以て田文に従わしむ。魏王大いに説(よろこ)びて曰く、「君燕・趙の兵を得ること甚だ衆(おお)くして且つ亟(すみ)やかなり」と。秦王大いに恐れ、地を割きて魏に講ぜんことを請う。因りて燕・趙の兵を帰し、田文を封ず。
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